クリスマスレイリタに挑戦。
レイリタでクリスマスの童話っぽいものが書きたかった……のですがなかなか苦戦しました。
現パロっぽいですがまったくリアリティはありません。細かいことを気にしてはいけません……
二人の設定は一応本編をもとにしたつもり……です。
ちらちらと舞う雪が、彩られた街に降りつもります。街はきらきらした明かりと人々の笑顔で満ちていました。今日はクリスマス・イブです。
そんな街を、不機嫌そうな顔をした少女が歩いていました。少女の名前はリタといいました。リタは、いつもよりにぎわった街に浮足立つ人々を見やって、顔をしかめてつぶやきました。
「クリスマスなんて、なにが楽しいのかしら」
リタは、両親を早くに亡くし、ずっとひとりきりで生きてきました。なので、クリスマスを誰かと過ごした思い出はありません。リタにはクリスマスも、それ以外の日だって、いつもとなにも変わりませんでした。
街は、はしゃぐ子供とそれを見守る両親、寄りそう恋人たちといった幸せな人々であふれていました。リタはカバンをぎゅっと持って、唇をかたく閉じてひたすらに歩きました。冷たい風が、首元を吹き抜けました。
リタは街はずれの小さな家にひとりで暮らしていました。かつてはこの家にも人がやってきていたりしていましたが、リタが成長するにつれてそれは途絶えていきました。なぜならリタがその訪問を拒んだからです。リタの両親は優秀な研究者でした。二人の娘であるリタも幼いころから計算などが得意であり、二人の遺した研究資料をみるみる理解することができました。家にやってきていた大人たちは、そんなリタを最初はあたたかく見守っていたのですが、ある日リタが研究メモをもとに書き記した計算式を、大人たちはリタにことわらずに自分たちの利益のために利用したのです。それを知ったリタは、二度と家に来ないよう大人たちに言いました。それから、リタは人と関わることをあまりしなくなりました。
いつものように簡単に食事をすませ、リタは本を読み始めます。学校では、リタはずっと本を読んでいる変な女の子だと言われていました。リタはそんなことを気にすることはなかったのですが、静かに本を読みたいだけなのにいろいろ言われるのはわずらわしくてたまりませんでした。しかし家ではなにも言われることなく本が読めます。リタはこの時間が好きでした。窓の外はあいかわらず雪が降りつづいています。リタは小さくかすむ家々を眺めました。あたたかそうな明かりが青い夜と白い雪のなかにいくつも浮かんでいました。リタは窓の外を見るのをやめ、ふたたび本に目を落としました。
ごそごそ。
ごそごそ。
リタは物音で目を覚ましました。本の上に顔をのせて、いつのまにか眠っていたようです。
「なにかしら、こんな夜中に」
それは屋根の上から聞こえました。こんな夜中に屋根の上から物音がするなんて、絶対におかしいとリタは思いました。
ずどーん!!
ものすごい音が聞こえました。窓の外、ベランダです。なにか衝撃も伝わってきました。リタはとっさにカーテンを開けました。
そこには、赤い服を着たなにかがうずくまっていました。一瞬あと、それが人間だと気づきました。
リタはなにがなんだかわからず、あわててそこらにあったものをそれにぶつけました。
「なによ、なんでこんなところに人がいるわけ!?どろぼう、泥棒ね!?」
リタはものを投げつけながらまくし立てました。
「うわっ、ちょっ、待って!痛っ!!」
赤い服を着た怪しいひとは頭を押さえながら言いました。リタは痛がるそのひとの服をはた、と見て驚きました。その怪しい人はサンタクロースの格好をしていたのです。このご時世になんて冗談だとリタは思いました。
「なによ、あんたサンタの服着て、人の家の屋根にのぼるのが趣味なの?それを世間では泥棒っていうのよ」
「いや、ごめんごめん、ちょっと失敗しちゃって……」
サンタの格好をした男は頭の後ろをかきながらリタを見上げました。
「失敗?盗みの?」
「違う違う!いやね、お仕事の途中だったんだけど、ちょっと調子悪くて、屋根の上に落っこちちゃったのよ」
「屋根の上にって……あんたまさかそりに乗って空飛んでたとかいうつもりじゃないでしょうね、サンタクロースみたく」
「いや、そのまさかなんだけど……みたくじゃなくて、サンタクロースそのものだからね」
さらりととんでもないことを口にする目の前の男にリタは頭を抱えました。
「……あんた、頭打ってどこかおかしくなったんじゃないの」
「まあ、人にこんなこと言っても信じられないのが普通だしなあ……とりあえず屋根に落ちたことは謝るわ、すまんね」
男はへらっと笑って立ち上がり、服についた汚れをぱんぱんと払いました。
「お詫びといっちゃなんだけど、俺様がちゃんと仕事してたって証拠見せるよ」
訝しげに男を見たままのリタに、男はそう言うと、くるりと後ろを向き、ゆっくりと手をあげました。そのとたん、光があふれ、一瞬何も見えなくなりました。
リタが目を開けると、なんとベランダの外には、きらきら輝く銀色のそりが浮かんでいました。驚いたリタの顔を見て、男は満足そうに微笑みました。
「どう?これで信じてもらえた?」
「なにこれ、どういう原理なの……?」
リタはそりに近づき、興味深げに眺めていましたが、はっと我に返りふたたび男を見すえました。
「これがどういう仕組みなのかは置いといて、あたしは子供じゃないんだから知ってるわ、サンタクロースなんていないって。子どもにプレゼントやらなんやらあげるのはその子の親でしょ、そんなの常識よ」
「そうね、それは本当」
「じゃあ、あんたはなにをしてるのよ」
「みんなに、夢を見せるのよ、子どもたちにも、大人にも」
せっかくだから自分の目で確かめてみる?と言って、男はリタに手を差し出しました。
「名前、なんて言うの」
「……リタ」
「リタ、か。それで、どうする?一緒に来て確かめてみる?」
リタは、なぜ会ったばかりのこの男とこんなにたくさん話しているのか、不思議に思いました。それは男がこれまでに見てきた大人たちと少し、いえかなり違うからでしょうか。
リタは少しだけ考えたあと、うなずきました。
「わからないことをそのままにしておくっていうのは、あたし好きじゃないの」
「ずいぶん勇ましいのね」
「あんたは、サンタクロースが名前なの?」
「そんなわきゃないでしょ、ほんとの名前は、レイヴンっていうの。まあ、よろしく」
男はリタの手をとったまま笑いました。
「……へんな名前ね」
リタは顔をしかめて言いました。
そりはまるで空をすべるようにすいすい飛びます。サンタクロースの男――レイヴンは、慣れたようにそりを操ります。
「ん?リタっちどうしたの、さっきから下向いて」
「な、なんでもないわ……なによ、その呼び方」
「なに、気に入らない?……って、リタっちもしかして高いところ苦手だった?」
「そ、そんなわけないでしょ……きゃあっ」
風がびゅうっと吹き、そりがぐらりと傾きました。リタはレイヴンの服をぎゅっとつかみ、ぶるぶると震えだしました。
「やっぱり怖いんじゃない」
リタは何も言い返せず、うつむきました。
「リタっち、下見るんじゃなくて、前見てごらん」
レイヴンはリタの背中に手をそっとあて、やさしく言いました。おそるおそるリタが顔をあげると、ちらちら降る雪がまるでレールのように輝く結晶になっていき、そりを導いていくようでした。星は今まで見たどんなときよりもずっと輝いて、落ちてきそうなほどでした。遠くに見える街の明かりは、こんな夜だというのに楽しげに光っていました。
「さ、まずはここからね」
レイヴンは袋から箱を取り出し、屋根の上にふわりと落としました。落とされた箱は、まばゆい光を放ち、家々に降りそそぎました。あたり一面はあたたかな光に満ち、リタはその光を見ているとなんだかほっとした気持ちになっていくような気がしました。
「ほんとにこれ、どういう原理なわけ?」
「んー、それはねえ…………うまく説明できそうにないなあ」
「なによそれ、教えてくれるんじゃなかったの?」
「いや俺は確かめてみる?って言っただけだしなあ」
「……うう」
リタは悔しそうにうなりました。
それからレイヴンはそりをすべらせ、あちこちに光を降らせていきます。光が降るたび、あたりはいっそう輝き、目の前が一面まぶしい花畑のように見えました。
「これで、みんなは幸せな夢を見られるようになるっていうの?」
「そうね、俺がやってるのは、簡単に言うとその人にとって幸せな夢を見せる、まあ魔法みたいなものをかけてるってところかな」
「魔法……」
リタは不思議な光景を次々と見せられて、もうなにを言われてもあまり驚かなくなっていました。こんなことが自分の目の前で起こるなんて、まるで夢を見ているようでした。
「あんたのやってることは、サンタクロースっていうより魔法使いね」
「魔法使いねえ……なるほど、そう言われるとそうかもね」
レイヴンはあごに手をやりふむふむとうなずきました。
「あんたは、なんでこんなことやってるの?」
ふと思って聞くと、レイヴンは初めてびっくりしたような顔を見せました。そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった、というような顔でした。
「……ほかにやることがなかったから、かね」
レイヴンは悲しそうに微笑みました。
気がつくと、ふたりは小高い丘に降りたっていました。ふたりのまわりには光の花畑が広がっており、それが丘の下までずっと続いていました。その光にはそれぞれなにかが映っているように見えました。それは、レイヴンが降らせた夢でした。夢はさまざまな色に輝き、それぞれ夢を見ている人の心の動きをあらわしているかのようでした。リタはそれぞれの光を見つめ、懐かしいような、さみしい気持ちになりました。
(あたしにも、楽しい夢をみてわくわくしていた頃があった……)
それは両親の顔とともに、おぼろげな記憶でした。もしかしたら、リタもクリスマスに魔法をかけられていたのかもしれない、と思いました。
「リタっちは、ひとりであの家に暮らしてるの?」
レイヴンは丘の上に腰を下ろし、自分の隣をぽんぽんと手でたたきました。丘の下をじっとのぞきこんでいたリタは、そっとレイヴンの隣に座りました。
「そうよ、なんでわかったのよ」
「俺が落っこちたとき、リタっちあんなに騒いでたのに、誰も来なかったからさ」
「すごくよく寝てたとか、たまたま家にいなかったとか、そういう可能性もあるじゃない」
「そうね、そういう可能性もあったかもねえ」
「当てずっぽうだったわけ?」
「まあ、そういやそうなんだけど……どうでもいいことだけど、リタっち、本読んだまま寝てたわよね」
「え!?なんで……もしかしてのぞいてたとか」
一気に不審そうな目をしたリタに、レイヴンは苦笑いして言いました。
「ほっぺに、本のあと、ついてたから」
リタはばっと自分の頬を手で隠しました。もう今はついてないって、と言われ、リタは恥ずかしそうに目をそらしました。
「はっくしゅ」
レイヴンは寒そうにくしゃみをしました。
「ふー、寒い寒い、寒いのは年寄りにはこたえるわあ」
「寒いの苦手なのに、なんでサンタなんてやってるのよ」
「そうねえ、向いてないかもねえ」
そう冗談っぽく笑いました。つくづくわからない男だと、リタは思いました。
リタは立ち上がって、言いました。
「あたし、家族とかいなかったから、楽しいクリスマスなんてなくて、なんでクリスマスだからってみんなはしゃいでるんだろうって思ってた」
リタはあたりを見渡しました。やわらかな光が、ふわふわとリタのまわりを漂います。
「そうね、でも今日は楽しかったわ、どんな原理かはわからなかったけど、でも……楽しかった」
リタにとっては、誰かとクリスマスを過ごすこと自体初めてでした。そして、この不思議でうさんくさいサンタクロースと一緒にいると、リタはなぜか穏やかな気持ちになっていくのを感じました。
「サンタクロースが、いたからだったのね」
夢を見ているのだと、リタは思いました。これは夢なんかじゃない、でも夢にちがいないと、はっきりと思いました。いつのまにか隣に立っていたレイヴンの顔を、リタはよく見られませんでした。
「あんたは、なんであたしを連れてきたの?これって、あたしなんかに簡単に教えていいことじゃないでしょ」
レイヴンは、そっと帽子を脱ぎました。結われた髪が風に吹かれ、ふわりと揺れました。帽子を脱いだそのひとは、サンタクロースにも魔法使いにも見えませんでした。リタは、赤いその帽子が光に溶けるのを見ました。
「リタっちに、この景色を見せたかったから、かね」
そして風が光とともに巻きおこり、レイヴンはその光の中で確かに笑っていました。
リタは、差しこむ光を感じて目を覚ましました。どうやら朝のようです。リタはベッドでちゃんと布団をかぶって寝ていました。
「夢……だったの」
夢だとしたら、いったいどこからが夢だったのでしょう、リタはよく思い出せませんでした。
ふと、枕元に置いていた手がなにかに触れました。それは箱でした。きれいな紙に包まれていました。両手で持ち上げると、なにかが入っているようでしたが、重さは感じませんでした。箱を開けると、中から出てきたのは、猫のモチーフがあしらわれたマフラーでした。
「なによ、これ……」
こんなものがあるなんておかしい、とリタはもう一度箱の中を確かめてみました。すると、一枚のカードがすべり出てきました。そこには、
『リタっちへ
リタっちの幸せを祈って
メリークリスマス 』
そう書かれていました。リタは、やっぱり夢じゃなかった、とマフラーを握りしめました。するとこのマフラーも、あのうさんくさいサンタがくれたものなのでしょう。
「なんであたしが猫好きって知ってるのよ……」
リタはマフラーに顔を押しつけて、片目でカードを見つめました。
「まるで、本当のサンタクロースじゃない……」
リタは本当のサンタクロースなんてものを知りませんでしたが、昨夜出会ったレイヴンはきっと本当のサンタクロースだと思えました。リタにとっては、それだけが確かなことでした。
リタはあのへらっと笑った顔を思い出しました。それから、悲しそうに微笑んだ顔も。いろいろなレイヴンの顔を思い出し、リタはカードにそっと口づけました。
その瞬間、カードは光りだし、光がリタの部屋を満たしました。
ずどーん!!
窓の外からものすごい音が聞こえたとたん、光はぱっと消えました。カードもあとかたもなくなっていました。驚き、急いでカーテンを開けると、そこには、赤い服を着た、たしかにレイヴンがうずくまっていました。しかし、レイヴンは特徴的なサンタの帽子をかぶっていませんでした。それはリタが最後に見た姿と同じでした。
「あ、あんた……」
「あいたたた……ああ、リタっち、おはよう……」
「おはようじゃないわよ!なんで朝っぱらからまた落っこちてるのよ!よりによって人の家に!」
リタはレイヴンに再会できて嬉しい気持ちもあったのですが、それ以上に驚く気持ちのほうが強くてついまくし立ててしまいました。
「んー?なんかおかしいんだよなあ……なんでだろ」
レイヴンは本当に不思議そうに言いました。リタは腹が立つやら嬉しいやら複雑な気持ちを隠そうとして、必死に不機嫌そうな顔をつくりました。
「そうだ、プレゼント、開けた?」
「あれ、やっぱりあんただったのね」
「まあ……なーんかしまらないけど……忘れてたことがあったから、ついでに言っとくわ。一緒に入ってたカードに魔法、かけといたから、あとで試してみるといいことあるかもね」
レイヴンはさらりとまたとんでもないことを言いました。
「は?魔法?」
「そう、願いごとをかなえる魔法」
リタは、なにも言えませんでした。つまり、さっきの光は、レイヴンの魔法の光だったのです。リタの願いごとが叶えられた光だったのです。
リタは青空を背に立つサンタクロースにびしっと指をつきつけました。
「あんた、あたしにいろいろしすぎよ。昨日の夜いろいろ見せただけじゃなくて、こんなものまで置いていって、それに願いをかなえる魔法ですって?」
「あれ、リタっち、カードは?」
「もうないわ、使ったから」
こともなげにリタは言いました。レイヴンはそこで初めて事の次第を理解したようでした。
え、と本当に予想もしていなかった、というような顔をしました。
「あたし、誰かにしてもらいっぱなしっていうのは、好きじゃないの」
リタはふふんと笑って、ねこのマフラーをレイヴンの寒そうな首にぐるぐると巻きつけました。レイヴンはあたたかそうに首元に手をやりました。
「……おっさんにはこのマフラー、ちょっとかわいすぎるかなあ」
そう言って、レイヴンは微笑みました。
「あたし、本当のサンタクロースのことを、知りたいのよ」
リタは、しあわせそうに笑いました。
END
あとがき
「レイリタでクリスマス童話っぽいの書くぜ!」と意気込んだもののとても長くなってしかも童話とは言い難いものになりました……。読んでくださった方ありがとうございました。しあわせなレイリタにメリークリスマス!