指先


あ、今日はくる、と分かるようになった。

 

いつもと同じような顔をして、瞳にさす光の色が違う。いつも通りの言葉が、少し低く響く。それを感じとり、こちらがだんだんと落ち着かなくなってくる。

部屋に引き上げようとすると、後ろから抱きしめられた。こうなることをわかっていて、試すようなことをしてしまうのだ。回された腕に触れると、より力がこめられた。

 

何度も口づけを繰り返す合間に、ひゅうと息が詰まる音が聞こえる。体じゅうに唇を這わすさまはいつもどこか切羽詰まっていた。けれど、行為の面では性急ということはなかった。むしろ何度も何度も溶かされるまで執拗に触れてくるので、しまいにはちょっと指先が触れるだけでびくりと震えてしまう。

何をされてもびくびくと痙攣するように震えるからだを、羽のような手つきでゆっくりなぞったかと思うと、荒々しく抱きしめて唇を貪る。身動きがとれないまま、その行為を甘んじて受け入れる。せめて、愛の言葉でもうるさくささやいてくれたなら、もう少し許そうと思うのに、とぐずくずになった思考で考えながら。

 

そのままいつも意識を失ってしまって、目覚めると何もなかったようにベッドに横たわっている。寝巻きもきちんと着ていて、横には誰もいなくて、窓からはあかるい光が射している。昨夜唾液と汗にまみれていたはずの肌はさらりと柔らかい。

自分のからだを抱きしめて、疼く場所まで指を這わせてみる。何も面白くはない。けれど、次の朝はこうして自分を慰めるのが常だった。自分の指を締めつけながら、ひとつぽろりと涙がこぼれた。いつもここには入ろうとしない。なら、繰り返される行為には何の意味があるのだろう? 愛や一生を誓いあった関係でもないのに。

ひと通り触れたら飽きてしまって、手足を投げ出して天井を見つめた。あのすべてを求めてやまないとでもいうような瞳の光と、熱い指先だけが拠り所だった。

 

 

 

 

顔を洗って居間に入ると、ソファで新聞を読む背中が見える。テーブルに近づくとその背中はゆっくりと振り返って、朝の光の中で微笑む。

「おはよう、リタっち」

ちょっとお寝坊さんね、朝ご飯作ろうか、とキッチンへ向かう背中に、思わず抱きつきたくなった。けれど、やめた。それはいけないことのような気がした。伸ばした手が行き場をなくして、だらりと落ちる。

「……ベーコンエッグでいい」

リクエストを出すと、りょーかい、と笑いながら卵を割る。日常に引き戻されていく。こんな繰り返しにももう慣れてしまっていた。鼻歌を歌いながら卵を焼く姿をながめながら、今日はきっとない、と思って安堵した。そして、どうしようもなく、悲しくなった。

 


前のページに戻る (ブラウザの戻るボタンを使うと戻れない可能性があります)