熱を呑む

夏だ!麦茶だ!

 

現パロ同棲レイリタの話です。


扉を押し開けると、むうっとした熱気が体を包んだ。太陽から隠れるところのない外もなかなかに暑かったが、部屋の中には質の違う温度の高い空気が詰まっている。

「うわっ、あっつ……」

一足先に靴を脱いでパタパタと部屋に入っていったリタは、すぐに窓を開けて扇風機をつけた。俺は両手に提げた袋をいったん玄関に置いてから、自分も靴を脱ぎ、リタの靴と一緒に揃えた。

「おっさん、アイスは?」

「あーちょっと待って、どっちかに入ってる」

リタは部屋の真ん中に置かれたローテーブルにもたれかかり、扇風機の前から動かなかった。玄関から二つの袋を冷蔵庫のそばまで持っていき、中に入れるものを選別するために取り出していく。

「どっちにする?」

袋に入った一本のソーダバーと、六本入りのチョコバーの箱をそれぞれ左手と右手に掲げて聞いた。

「……こっち」

ずるずると床を這うようにこちらまで来て、左手のソーダバーをひょいとつかみ取っていく。そしてまたずるずると畳を這って扇風機の前まで戻っていく。やれやれとため息をつく。

 

ガサガサと鳴る袋から次々と野菜やら肉やらを出していく。出しても出してもまだまだ出てくる。これも買っとけばいいでしょ、あれも、とひょいひょいカゴに入れてくるのだから困りものだ。確かに連日この暑さでは、しょっちゅう買い物に出かけるのも面倒だ。買い溜めをしておけというリタの判断は正しい。ただし生鮮食品はそうもいかないのだが。

「ふいー、これで終わりかね」

食料品を所定の場所に片付け終えて、汗をぬぐいながらようやく腰を上げる。冷蔵庫の横にあるカレンダーは7月の紙をめくったばかりで、8月31日のところに赤い印が付いている。

「リタっちー、お茶いる?」

リタは扇風機を背に、畳に手をつきながらアイスを頬張っている。

「ひふー」

完全に夏休みにだらけている子どもの図だ。疲れているときはいつもこんな感じなのだが、よほど今日の暑さはこたえたらしい。製氷室からガサリと思い切り氷をすくいとり、グラスに満杯まで入れてやる。カランカラン、と涼しげな音が鳴る。

「ほい、お茶」

二つのグラスのうち一つを差し出しながら、ゆっくりと座布団の上に座る。ようやく腰を落ち着けることができる。

「……これ、麦茶のほう?」

「そうよ」

「お茶としか言ってなかったから、烏龍茶だったら突っ返すところだった」

「いくらなんでも間違えないって、それに今日はおっさんも麦茶だし」

「ふーん、そう」

リタは烏龍茶が苦手なのだった。喉が“なんかよくわからない感じ”になるのが嫌ということらしい。俺はよく飲むので冷蔵庫に二種類の茶があるのだが、時々リタが間違えて飲んでは顔をしかめている。

「あー、夏はやっぱり麦茶がうまいねえ」

グラスを手に持ち、こくりと一口飲みくだすと、それだけで少し涼しくなるような気がした。陳腐な言葉だが、夏を感じるとでも言ったらいいのだろうか。どうしようもない暑さも歓迎したくなるような心地だ。麦茶といえば夏というのは、いつからどこで自分の中に組み込まれたのだろう。

 

ふと、同じようにこくこくと飲んでいたリタから視線を感じた。見ると、なぜかこちらをぼうっとした瞳で見つめていた。熱に浮かされたような、どこか潤んだ瞳だった。頬も少し上気しているように見える。

「……どしたの?」

聞くと、ハッと我に帰ったような顔をして、すぐにあちらを向いた。解せない気持ちのまま、もう一口麦茶を含む。喉を冷たい液体がすべりおちていくのが心地よい。と、またリタがこちらを見ていた。一瞬、麦茶のお代わりが欲しいのかと思ったが、まだグラスの中には半分ほど残っている。その瞳はなにか興味深いものを見つけた色にも似ていて、けれど、どこか切なげで、こちらを苦しくさせるような色でもあった。

「……リタっち、体調悪い? それとももう一個アイス欲しいとか?」

「ばっ……ちがうわよ!な、なんでもない!」

手に持った溶けかけのアイスを焦って口に含む。さっきまでソーダバーだったそれは、ただの丸い塊になっている。その塊を伝う雫が、つうとリタの手まで落ちてくる。親指の外側を伝って、手首まで流れてくる。リタは、それを煩わしそうに、自分の舌でぺろ、と舐めとった。白い肌に赤い舌先がちろりと這う。そこに視線が釘付けになり、ずくりと体の内側が疼いた。その数瞬、ジージーという蝉の声が、何度も気が狂うほど繰り返された。窓から差す陽射しは白くて明るくて、目が眩みそうだった。膝立ちになり、手を伸ばして、呆けたような顔にふらりと吸い寄せられるように、距離を詰めた。体感としてはほんの一瞬だった。気がつけば、リタの唇を食んでいた。

 

「ん、んんっ……」

突然のことに驚いたのだろう、戸惑ったように苦しげな声を漏らす。パシャ、と何かやわらかいものがぶつかる音がして、リタがアイスを手から机の上に落としたのだと分かった。唇を舐めると人工的な、とんでもなく甘い味が口の中に広がった。――あのアイス、こんなに甘かったのか。思わず顔をしかめた。けれど、アイスの甘さの中に隠された別の味が、この行為を加速させた。それを知りたい、味わいたいという欲求が体中を駆け巡って染めていく。口の中はどこもかしこもひんやりとしていて、舌でなぞった部分から温くなっていく。深い口づけのあいだに、やがてだんだんと熱に上書きされていった。

唇を離すと、ぼうっと焦点の合わない瞳で、は、は、と短い呼吸を繰り返す。すっかり赤く染まった頬は、触れると火傷しそうなほど熱かった。疼きが収まりそうな気配はなかった。その衝動は、抱きたい、というよりも、食べたい、というほうが近かった。二つがほど近いところにあることは、当然知っていることだが。

 

髪に手を差し入れて、肩をそっとつかんで、もう一度口づけながら、畳の上に横たえた。リタは何も言わなかった。ただどこか潤んだ瞳で、じっとこちらを見つめていた。それはさっきの瞳と同じ色をしていた。白い肌はほんのりと赤く熱を帯びて汗ばんでいた。首筋に汗がつうと伝うのを舌先で舐めとった。かすかに塩からい。そのまま耳の後ろに唇を寄せると、リタは顔を背けて腕の中から逃れようとする。髪を掻き上げると、汗と香料の混じった匂いが立ちのぼった。

かすかに湿った綿製のキャミソールをめくり、なめらかな腹をたどると、リタはひゃっと声をあげた。

「つ……つめたいのよ……バカ」

「あら……それは失礼」

手が冷たいと怒られるのはいつものことだった。こんなに暑くて、熱い体を抱きながら高ぶってさえいても。

シンプルな下着を押し上げて、なだらかな稜線を指先でなぞる。なかなか成長しないことを彼女は気にしているようだが、手の中にすっぽり収まる感触が俺は好きだった。触れあうようになるまでそれは分からないことだった。リタの体は、開けば開くほど応えてくれた。初めはかたくなな表面に触れているうちに、とろりとした甘い中身へと誘われ、いつの間にか溺れていく。彼女を抱くとき、俺はいつも初めて女体に触れた少年のような気持ちになる。それを年相応の男の振りで覆い隠すのに必死だ。

「……顔、隠さないでよ」

「や、やだ……まぶし、い……」

つんと尖った先端を舌先でつつくと、びくりと体を震わせて、顔を背ける。腕で顔を隠しながら、リタは窓のほうに視線をやる。昼下がりの煌々とした陽射しがこの行為を照らし出していた。部屋の位置からして外から見えることはないだろうが、こんなに明るい部屋で事に及ぶのはめったにないことだった。

「いつもはリタっちの顔、ちゃんと見えないから」

「うそ……『よさそうな顔』とかなんとか、いつも言ってくるじゃない」

「それくらいはわかるって」

抗議に苦笑いを浮かべる。薄闇の中では、形はわかっても色は曖昧になる。今は、明るすぎる陽のおかげで、リタの上気した頬の色や、汗ばんだ肌のつや、感じるときに細められる瞳の光の動きまで見ることができる。片方を手のひらで撫ぜて、もう片方をカリ、と上下の歯ではさんだ。

「あ、あ……っ!」

口に手を当てて仰け反る。じわりと目尻から涙が滲みだす。それを舐めとって、当てられた手に唇を押しつける。そうすると手は退けられ、あらわれた吐息のこぼれる唇を、ゆっくりとふさいだ。不思議な気分になる。衝動に押し負けるくらいは高ぶっているのに、頭の芯にどこか冷たい部分があって、その部分が静かにこの状況を俯瞰している。しばしばこういうことはあった。酒を飲んでもどこか酔いきれないような。けれど内側の熱は行き場がないままくすぶっている。

――もっと熱が欲しい。

リタの熱い肌に触れると、その気持ちはますます膨れ上がった。上に着ていたシャツのボタンを外し、自分の肌と触れ合わせる。温度は上昇するばかりだ。腰からショートパンツに手を差し入れて太ももを撫でると、むっとした熱を感じた。薄い布地越しに指を当てると、体のもっとも熱い場所が音を立てた。指に力を込めると、体全体ががくんと揺れる。

「あ……は、あ……」

苦しげに呼吸を何回も繰り返す。同じだと思った。リタも、行き場のない熱が内側で暴れて苦しんでいるのだと。

「……楽にしてあげる」

ショートパンツと下穿きから片足を抜いて、足を広げさせると、濡れそぼった赤があらわになった。吸い寄せられるように近づき、つぷりと溢れるものをすくい取る。くるりと円を描くようにひときわ赤い実の周りをなぞり、舌先を触れさせると、嬌声がほとばしった。熱を探るように内側へ入り込めば、生々しい高温が指から伝わる。ぐるりと動かして、このままリタの体内の一部になってしまいたくなった。

くっと指を曲げて、赤い実に歯を当てると、リタはびくびくと体を何度も震わせ、ぴんと体を反らせて、快感をすべて逃さず受け止めるようにして達した。リタは感じやすいというよりも、感覚を拾うのが上手なようだった。与えた刺激には余さず反応するし、感じたことのないものも全身で受け取ろうとする。

「あ……レイ、ヴン……」

ぼうっと焦点の合わない瞳が揺れる。ゆらりとこちらへ手が伸ばされる。

「……あつい……?」

頬にぺたりと小さな手が添えられる。濡れた瞳が乞うように見つめてきて、毒だ。

「……うん、熱くて、どうにかなっちまいそう」

反りたった怒張を外に解放して、ポケットから手探りでビニールを破く。こんなところに入れているのは、突然必要になったことが一度や二度ではなかったからだ。薄皮をかぶせてしまえば、もうとどまる理由はなかった。早くこの熱をぶつけて、分け合って、どろどろに溶けてしまいたい。

 

ぐちゅ、と繰り返し擦れ合う音にも、リタはぎゅっと目をつむっている。そのままずぷりと中へ入り込んだ。ゆっくりと押し進めると、うごめく熱にぴったりと自身が包み込まれた。さっき指で触れたときに感じた、体内の一部になりたいという衝動が、みるみるうちに満たされていく。この体に付いている、繋がるための部位は、そうした衝動を満たすためにあるのだという気がした。

足を抱えてゆるやかに揺さぶり、リタの顔を見下ろした。細められた瞳から涙がぽろぽろと次から次へとこぼれていく。たまらず唇を貪る。こんな逃げ場のない暑さの中で、もっともっと熱を生み出そうと、二人夢中になって絡み合っている。リタの汗ばんだ腕が支えを求めるように背中に、肩にかかる。

「もっと……きて……」

彼女は俺を煽るのが得意だった。何度経験しても、この体の芯をぞくぞくとさせられる感覚には慣れない。リタの背中を抱えて、いっそう深く腰を打ちつけた。意識をどこかへやってしまいそうになる。体液の擦れる生々しい音と、速いリズムの吐息に、窓の外、遠くから聞こえる笛のような音が混じる。世界にはふたりだけではなく、こうしている間も外の世界は動いている。リタが落としたアイスもただの液体になって、麦茶に浮かんでいた氷は跡形もなくなっている。

細い指が肌をたどって、うなじから後頭部へと動いた。結んだままの髪を乱すように、くしゃりと掴む。そのまま頭を抱き寄せるようにして、リタは身をかがめた。首筋に唇を寄せたかと思うと、突然、喉仏に生温かくやわらかいものがちろりと触れた。その突起を包み込むように、リタの舌先がゆっくりと這う。その瞬間、世界は眩く白く弾け飛び、脳の中身をすっぽりと持っていかれるような感覚がした。体の内側に疼いていた熱から、外側にまとう熱まで、すべて解き放つように、体中を震わせながら俺は果てた。

 

 

 

 

 

 

 

ゴー、と強風にした扇風機が大きな音を立てて回る。首はやや下向きになっていて、そのすぐそばで横たわるリタに向かって涼しい風を浴びせている。こちらにはまったく風が来ない。

「……ちょっと落ち着いた?」

リタは赤い顔でぼうっと宙を見つめている。逆さになった目がじいっとこちらを見る。かと思うと、ぎゅっと唇を結んでぷいとそっぽを向く。

「……バカ」

「……いや、おっさんが悪いんだけどさ、さすがに機嫌悪すぎやしない?」

「べつに、悪いなんて言ってない」

「そ、そうなの?」

リタの意図することは時々分からない。そうしてよく分からないまま不機嫌にさせてしまったことは数知れずだ。

「……あたしも、見てたし」

「なにを?」

そうすると、リタは手をゆらりと上げて、人差し指と中指を俺の喉元にぴっと突きつけた。一瞬意味がわからなかったが、ふと先刻のことを思い出した。麦茶を飲む俺のほうを意味ありげな眼差しでちらちらと見ていたこと。それから、やわらかな舌先の感触。蘇り、思わず拳を握りしめる。また、高ぶりに支配されそうになってしまう。

「……そっか、女の子はあんまり目立たないもんね、ここ」

リタの白い喉をくすぐると、や、と声を上げて逃れようとする。改めて自分の喉と触り比べると、ずいぶん違うものだと実感する。

「な、なに比べてんのよ」

もっと触れていたいのはやまやまだが、もう陽も沈もうとしている。触れさせていた指を離すと、ぐう、と小さくリタの腹が鳴った。

「リタっちはまだ休んでな、おっさんが作るから」

「……ううん、もう起きられる」

ゆっくりと体を起こし、ふわあ、とひとつ欠伸をする。つられて、俺も欠伸をしながら、うーんと伸びをした。綺麗に拭き上げたローテーブルに、夕空が映りこむ。リタは磨かれた空に触れて、窓際に近づいた。

 

「今日はほんとに……暑かったわ」

 

リタの髪がぱたぱたとなびく。窓の外から、かすかに涼しい風とともに、笛の二重奏の音色が流れ込んできた。もうすっかり穏やかな、夏の夕暮れだった。


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