ED後、リタとおっさんが騎士団の墓地にお墓参りに行く話です。お墓の存在自体が捏造です。
おっさんがまだまだ若干死にたがり。二人はまだ恋人同士ではないです。
視界が開けた。
空は晴れており、そこには穏やかな風が吹いていた。
「ここが、騎士団墓地」
リタは、首を巡らしてあたりを見回した。驚きとも、悲しみともつかない表情だった。リタのブラウンの髪が、さらさらと静かに揺れていた。
リタをなぜここに連れてくることになったのか、それは数時間前に遡る。
リタは、アスピオの家がなくなってしまったので、現在は帝都に小さな家を借りて住んでいた。リタは、定期的に心臓のため自分のもとを訪れるよう強く言いつけてきたので、俺はその言いつけどおり、月数回はリタの家に行っている。
そんなふうに、いつものようにリタに心臓を診てもらっていたときのことだった。
「あんた、このあとどっかいくの?」
「どっかって?」
「花、買いに行くんでしょ」
「え」
「あんた、帝都に来るときは月に一回、花屋に寄ってるらしいじゃない、このあいだエステルと一緒にたまたま花屋に行ったときに聞いたわ」
確かに、たまに帝都に来るときは花を買っていた。しかし、リタが自分の行動に興味を示してくるなんて珍しい、と思った。
「なに、リタっち、おっさんの行動に興味あるの?」
「なっ、そ、そうじゃなくて、あんたが花を買うなんて、似合わないと思ったから……」
焦って視線をうろうろと動かし、口をぱくぱくとさせる。今まで散々からかってきたが、リタはとても魅力的な女の子だった。こうして焦った様子を見ていると、心が和んでいくのを感じる。リタ自身はその可愛さを分かっていないのだろうな、と思うと、自分だけがわかっていればいい、という気持ちになってしまう。ばかだな、と胸の中でひとりごちた。
「ん、花買ってるのはね、供えるためよ」
「供えるって……もしかして、お墓に?」
「そ、騎士団専用の墓地があってね、ちょくちょく顔出してるのよ」
まるで、昔馴染みのところに行っているような、そんな言い方だった。実際にそうだったのだが。
「もしかして、そこにはあんたの……」
頭のいいリタは、すぐに気づいていた。
「連れて行きなさい」
「うん……ってえっ?」
「その騎士団墓地によ。あたしも連れてって」
「連れてって、って……たぶんリタっちが行ってもおもしろいもんはなにもないわよ」
「いいから連れていけって言ってるの。あたしが行きたいって言ってるんだからしのごの言わずに連れていきなさいよ」
こう言い出したら聞かない子だ。観念して、ボタンを留めた。
「あら、今日はかわいい子を連れてるんだね」
花屋の女性はにっこりと笑って言った。かわいい連れ。そう言われたリタは一瞬目を見開いたが、すぐにむすっとした顔にもどり花を選び始めた。
「って、リタっちも花、買うの?」
「なによ、なんか文句あるの?」
「いや、ないけど……」
「あ、これ買うわ」
リタは赤い花を手にしてさっさと買い物を終えていた。花を選び終えたリタは、早くしなさいよ、というふうに視線を向けてくる。俺も花を買って、花屋をあとにした。
帝都は階段状の街だ。城の裏庭を抜けた先にある騎士団墓地に行くには、少し歩く必要があった。俺とリタは、墓地をめざして静かに歩いていた。
「ねえ、あんたの買った花、あの……なんていったっけ、キル……なんとかじゃないわよね」
歩きながらリタはそう尋ねた。
「キルタンサス、ね。あれは……まあそこらの花屋にはおいてないから」
「……そう」
帝都の最も高い位置に城は建っている。その城の裏庭を抜けたところに位置する墓地からは、帝都の街と空が見えた。
「墓地って、はじめて来た」
「……そうか、リタっちくらいの年だとね。一人では来ないわな」
「あたしの親は、どこかに墓があるとは聞いてるけど。母親の墓は一応アスピオの近くにあったらしいけど、小さい頃に誰かに連れられたきり、一回も行かなかったわ。墓参りっていうのが、理解できなかったから」
リタは早くに両親を亡くして、ずっと一人で生きてきた。魔導器だけを生きがいにしてきたことから、墓参りのような習慣を教えてくれる身近な大人もいなかったのだろう。
「理解できないのに、なんで連れていけなんていったの?」
「理解できなかったのは昔の話よ。いなくなったひとを悼むって気持ち、すこしはわかるような気がしたのよ、いまなら」
リタは強いまなざしでそれぞれの墓を見つめた。騎士団墓地は、様々な騎士が眠っているが、墓の半数近くが人魔戦争で亡くなった者たちの墓だった。
「ここが、人魔戦争で死んだ騎士たちの墓だ」
その一角は一段高く作られており、区画を囲むように白い花が咲いていた。人魔戦争で命を落とした騎士たちを葬るためのこの特別な区画を作ったのは、今は亡きアレクセイだったという。
ざあ、と風が吹き抜ける。
キャナリの墓には、見覚えのある花がすでに供えてあった。
「まったく、いつも律儀だねえ」
「これって……キルタンサス?まさか……」
俺がキルタンサスを供える花に選ばない理由だった。毎月律儀に供えにくる奴がいる以上、俺がわざわざキルタンサスを持ってくる必要はないと思ったのだ。今は、きっとあの子たちが持って来ているのだろう。
「…………」
リタはじっとキャナリの墓を見つめている。なにを思っているのだろうか。
俺は墓を見渡し、その向こうにある街並みを見ようとした。まだ騎士団にいたとき、シュヴァーンとして命じられるまま生きていた頃、たまにここを訪れていた。いつもここに来るたび、どうして俺はここにいるのだろう、と、墓をみて恨めしく思うこともあった。だんだんそんな感情もなくしていって、いまはただ、ここに来ると、美しさに心がふるえる。
死の、うつくしさに。
墓地で静かに眠るかつての仲間たち。供えられたたくさんの花。それを見ていると、死ぬことは生きることよりずっと静かで美しいことのように思えてくる。こうして自分もここで眠ることができたら。今まで自分がしてきたこと、これから自分が為せないことも、全部忘れて知らないふりをして消え去れる。美しい、死に身をゆだねて。
「……おっさん?」
ふと、リタの声で我に返った。
「ん、ああ、なあに、リタっち」
「あんた、なんか考えてたでしょ、それもくだらないこと」
「くだらないとはなによ、くだらないとは」
「なによ、じゃあ言ってみなさいよ」
一瞬言葉に詰まったが、リタの瞳をみていたら、ぽつりとこぼれおちた。
「まあ……なんていうのかな、もし俺が死んで墓に入ったとして、こんな眺めのいい場所に毎日いられて、時々花を供えられて、っていうの、悪くないなーと思って」
腕を頭の後ろで組んだ。リタのほうは見られなかった。
「ばかっぽい」
予想していた一言だった。しかしリタは言葉をつづけた。
「もしあんたがいま死んで、どっかの墓に入ったとしても、墓参りなんか行ってやらないわ。ましてや花なんて絶対に持っていってやらない」
リタは怒ってはいなかった。静かにそうきっぱりと言い放った。
「もっと生きて、もっともっと自分を大切にして、それからなら考えてあげてもいいわ」
リタはゆっくりと俺のほうに近づき、小さな手で羽織をつかんだ。
「この騎士たちみたいに、生きたくても生きられなかった人がいるとか、そんなことはどうでもいいわ。そいつらとあんたは別の人間なんだから」
心臓がどくんと鳴った。どこまで、真っ直ぐになれる。
「あんたに生きてほしいって思ってる人がいるの。ずっと前を向いてほしいって思ってる人がいるの。その人のために、自分のために生きなさい、じゃなくちゃ、ゆるさない」
リタは俺の胸に顔を埋めたまま言い続けた。どんな表情をしているのか、見えない。
「……その人って、だれ」
リタはばっと顔をあげて、唇をかんだ。きれいな目から涙がこぼれる。
「……ばかっ!!」
そう言ってリタはふたたび顔を埋める。涙のあたたかさが、じわりと染みた。
そっと背中に手をまわす。ああ、そうだ、自分のためにこんなに泣いてくれる子がいる。墓になど入れたものじゃない。
「……ちがうの……誰かが言ってるから、生きるとか、それじゃ、だめなの、意味がない」
リタは泣きながら、俺の腕の中でぽつりぽつりと言った。まるで考えていたことがわかっていたみたいだ。
「……あんたの一番大切なものはなに?それを、大切にするために、守るために生きてよ。そうじゃないと、いままでとなんにも変わんない……」
俺の、一番大切なもの。それはいったいなんだ?築き上げた地位か?信頼か?
大切なもの。それはいつでも空っぽだった。心が空っぽなら、なにかを大切にすることはできないからだ。
でも、今、その答えが、まるで花が咲くように、じわりと胸に広がる。やっと気づいた。
リタが教えてくれた。
背中に回していただけだった腕に力をこめた。
リタの体は細く、力を入れれば折れそうだった。こわれないように、でも想いにまかせて強く強く抱きしめた。
「……おっさん……」
「リタ」
「な、なに」
リタ。リタ。頭のなかがうめられていく。
ああ、やっぱり生きるとは醜いことなのだ。
生きていれば、誰かを抱きしめずにはいられない。
こんなに小さくて、やさしくて、いとおしい少女を、自分はこの腕に閉じ込めてしまうのだ。
そう思ったとしても、もうはなせない。
すべてははじまってしまった。
うつくしい死とは切り離されてしまった。
かしこく強いこの少女が、糸を断ち切ったから。
「墓参りなんて来ない、っていったけど、リタっちはきっと来てくれるよ、やさしい子だから」
「……っ!」
「もっと、もっと生きなきゃね、そうじゃないと、墓の前で毎日泣かれちゃうかもしれないしね」
「なっ、泣くわけないでしょ!調子にのんな!」
「あれ、リタっちは泣いてくれないの?俺様は大切な女の子がいなくなっちゃったら泣いちゃうけどなあ、リタっちは泣いてくれないのかあ……ショックー」
「な、な、た、大切な女の子って、なによ」
リタは顔を背けて、手を体の前でせわしなく動かした。
手を伸ばし、赤くなった頬に触れた。
たとえ、生きることが醜いことだったとしても。
君はずっとうつくしい。
あとがき
この話は、墓地で死に思いを馳せるおっさんをリタが叱るとどうなるだろうなーと思ってできた話です。リタの「墓参りなんかいってやらないわ」という台詞からこの話は生まれました。キャナリが一応名前出てきたけど空気!ごめんなさい。
私の書くリタは強くて照れ屋で泣き虫です。本当はもっと強い子なのかもしれないけど、ついつい泣かせてしまう(笑)ただほのぼのしたのをなかなか書けないので、よく泣いてる気がします……。
おっさんはリタが好きすぎて死ねなくなればいいよ。命は凛々の明星のものだけど、心臓と心はリタのものというわけだよ。
ありがとうございました。