リタが自分の恋心に気付かずにもやもやしてるレイリタ。
……のつもりで書いたのですが、いつのまにかエスリタになっていました。
リタがエステルに自分のよくわからない気持ちを相談するお話です。
これはいったいなんだろう。
あたしは未知のことにただただ戸惑っていた。
悲しいような、嬉しいような、ふいに泣きだしたくなるような。
この気持ちは、いったいなんなのだろう。
例えば、食事のとき。
「リタ、食事の用意ができましたよ、今日はタンメンです」
本を読んでいたあたしをエステルが呼びに来る。皆のところにいくと、お皿を持ったおっさんがせわしなく動いていた。
「今日はおっさん頑張っちゃったよー、じっくり味わってね」
そういって皿を前にしたあたしをにこにこと見つめてくる。なんだかイライラする。
タンメンをひとくち食べる。温かくてやさしい味だった。けど、どうにも視線が気になって食べられない。箸を持つ手がなぜか震えたりしている。
「うざいからあっち行って食べて。落ち着いて食事できない」
「リタっちひどっ!!」
肩を落としてカロルのほうへ歩いていくおっさんの背中を見て、ああ、まただ、と思った。本当は、おいしい、とか言いたかったのに。いつもあたしが食事当番のときは、リタっちにしては上出来じゃない、とかなんとか癪にさわる言い方をしながらも、おいしいよ、と一応褒めてくれるのに。おいしいと言うどころか、追い払ってしまった。いつからか、あたしはおっさんの前ではうまく食事ができなくなっていた。
なにかがおかしい。
この旅で、いろいろなことを知ったけれど、本当にこれはいったいなんなのだろう。
天才魔導士と呼ばれた自分にもわからないことはたくさんある。それはこの旅の中でよく分かった。だから、このよくわからない状態をはっきりしたい。それにはどうしたらいいのだろう。
まず、どこかの本に何か書いていないかと思って色々と読み漁ってみたが、あたしの持っている本は魔導書か魔導器関係ばかりで、てんで役に立たなかった。
「でも、あたしの知識と本で分からないってことは、魔導器関係じゃないってことよね、うん」
「なにが魔導器関係じゃないんです?」
「えっと、それは――ってエステル!?」
ぶつぶつと部屋の端で本に囲まれて独り言を言っていたら、いつの間にかエステルが近くに来ていたようだ。
「ごめん、考え事に夢中で気づかなかった、なに?エステル」
「いえ、部屋に入ったらリタが本を手当たり次第開きながらなにやら独り言を言っているので気になってしまって、つい声をかけてしまいました」
身を少しかがめてあたしを見下ろすエステルの顔を見つめて思う。城でたくさんの本を読んでいたエステルなら、何か知っているかもしれない。
「エステル、ちょっと聞きたいことがあるの」
「よくわからない気持ち……です?」
「そうなの。なんか、変なのよ……落ち着かなくて、イライラして、胸のあたりが苦しいような、そんな感じがするの」
「それは、ずっとなんです?」
「ずっとってわけじゃないわ、おっさんが近くにいるときが多いわね」
「レイヴン?」
「そう、おっさんがうざくてイライラするのはずっと前からだけど、そういう感じになったのは……いつからだろ。エステル、なんなのかしら?」
エステルはなんとも言い難い表情をしていた。手を顎の下にやって何やら考えているようだった。
「もっと、その気持ちについて教えてください」
エステルは真剣な目をして言った。ということは何か心当たりがあるのだろうか。
「……おっさんが近くに来ると、逃げ出したくなるの」
からかいに来たり、そっと助けてくれたりするとき。
「……おっさんの目を見られないの」
自分とよく似た色をした目。
「……おっさんの前にいると、あたし自分がわからなくなる」
口から出てくるのは、可愛くない言葉ばかり。
「あたしは……あっ」
気が付けばいろいろ喋ってしまっていた。はっとなってエステルの顔を見ると、エステルはふんわりと微笑んでいた。
「な、なによエステル……そんな顔して」
「リタ。それは、恋、ですね。まちがいなくそうですね」
エステルは嬉しそうにそう言った。
「……はあ!?恋って、あの、惚れた腫れただのの恋?本気で言ってるの?」
「恋は、人それぞれいろいろな形があるものです。それに、恋は誰かを大切に思う気持ちのこと、なんですよ。リタは、レイヴンのことをとても大切な存在だと思ってるんですね」
「あたしが、おっさんのことを大切に……」
それは、口に出した瞬間とても恥ずかしいものだと思えた。かっと顔が熱くなる。
「でっ、でも!あたしがそう思ってたとして、どうしてうまくしゃべれなくなったり、逃げ出したくなったりするわけ?それっておかしいじゃない」
「そうですね……リタはレイヴンにも自分を大切に思ってほしいと思っているから、うまく話せなくなったりするんじゃないでしょうか?つまり、自分をよく見せようとして、そうなってしまっているんじゃ」
あたしは、おっさんのことを大切に思っていて、おっさんにも大切に思ってほしいと思っている。エステルが説明したことは、驚くほどシンプルな答えだった。あたしがおっさんによく思ってもらいたくてそんな態度ばかり取ってしまってるなんて。なんて馬鹿っぽいんだろう。あたしがなんであんなおっさんのことで心乱されないといけないのか。ずっとそう思っていたけれど、誰かのことを想い、それを相手にも期待するなんて、そんな感情を抱く日が来るとは思いもしなかった。
「リタ、顔真っ赤ですよ?」
エステルはあたしの顔を見てふふっと笑った。
「なんで嬉しそうなのよ」
「はい、リタが恋をしているのが、うれしいんです」
「な、なんでよ」
「リタはとっても可愛いです。きっと恋をするときが来れば、もっと可愛くなると思ってたんです、ずっと」
「……あんたのほうが、ずっと可愛いわよ」
あたしなんて、いつも可愛くない態度ばかり取っている。エステルのように優しく微笑んだことが一度でもあっただろうか。あたしがエステルのように優しく微笑むことがあれば、あのおっさんはどんな顔をするだろう。想像もつかない。
「リタは、そのままでいいんです。みんなそう言うと思います。もちろん、レイヴンも」
「エステル……」
エステルの言葉はすうっと胸に入ってきた。相変わらず顔は熱いままだったが、あたしがおっさんに恋をしている、ということが、まるで最初から知っていたことのようにすっと受け入れられるような気がした。そうだ、あたしはおっさんのことが好きで、大切なのだ、とても。考えれば考えるほど頭がのぼせていくような感覚がしたが、エステルの顔を見ているとそれは不思議とだんだん落ち着いてきた。
「あ、あたしは、あんたのことも大切だと思ってるからね」
「ふふ、知ってます。レイヴンにちょっと妬けちゃいますね」
この間まで、あたしがエステルをちゃんと見ておかなきゃ、などと思っていたけれど、今のエステルはとても頼もしく、安心できる存在に思えた。恥ずかしくて認めたくなくて、逃げ出したいような気持ちにも、エステルと一緒なら向き合える気がした。
「エステルは、その、恋とか、どうなのよ、してたり……するの?」
ふと気になって聞くと、さっきまでにこにことしていたエステルが途端に後ろを向いた。
「もう、リタ、突然すぎです……」
今度はエステルが赤くなる番だった。
続きはそのうち。