おっさんとリタっちが日なたぼっこするだけの話です。
ナチュラルに同棲してます。
本を読むなんてどこでもできるけれど、場所を選ぶようになったのは最近のことだ。自分の研究部屋と、ソファと、それから窓のそば。
「今日は、いい天気ね」
窓辺に立つと太陽がやわらかく差して気持ちいい。暑すぎず寒すぎず、少しあたたかくていい日だ。
本と紙とペンを持ち出して、窓のそばに並べる。それからソファに並べてあるクッションを持ってくる。そうすれば立派な研究スペースの完成だ。
「ふふ」
つい微笑んでしまう。こんなだらしない顔あいつには見られたくないなと思いながら、それでもやはり頬は緩むのをやめない。
いよいよ窓のそばの日なたに作ったスペースに寝転がる。持ち出してきた本を広げ、陽の光に当ててみた。そのままにしていると、本のページはじんわりと温まっていく。本の字もきらきらと光って、明るくて読みやすい。薄暗いところで魔導器の光を頼りに読んでいたときには気づかなかった発見だ。そもそも太陽がそんなに好きではなかったうえに、ずっと洞窟の中で暮らしていたのだ。こうして日なたの部屋で本を読むなんてことはつい最近までやったことがなかった。
「ふわあ……」
ぽかぽかとした陽気に思わずあくびが出てしまう。読んでいた本の字がふにゃふにゃと踊りだす。それぞれの公式がばらばらの記号になって絡まっていく。そうだ、精霊が……エアルが……この公式はイコールで…………。
「リータっち」
「…………ふぁ?」
「おはよう。こんなところでお昼寝?」
髪をさわられる感触がする。どうやら寝てしまっていたらしい。聞き慣れた、落ち着く声がきこえる。髪をさわるのは大きなごつごつとした手。
「……おっさん、おかえり……あれ、もう夕方……?」
「まだ昼下がりくらい。今日はほんとは休日の予定だったから、さっさと終わらせて帰ってきたの」
「ふーん……」
目がだんだん慣れてくる。紫色だ。前髪をさわる手が視界を遮っている。
「ん、ちょっと、のけて」
「あー、ごめんごめん、なんだか猫みたいだなって思ったらつい」
「あたしは猫じゃないわよ」
「そうだけど、こうして日なたぼっこしてる様子がほんとにそれっぽくて」
そう言いながらにこにこと笑う。でもうっかり寝てしまうなんて、あたしらしくなかったかもしれない。ぐるりとうつ伏せになり、クッションにぽふんと顔を埋める。息を吸い込むと、お日様の匂いというのだろうか、落ち着く匂いが鼻を通り抜けていく。
おっさんはさっと立ったかと思うと寝室のほうに消えていって、何かを持って戻ってきた。
「おっさんも、今日はお昼寝しようかなっと」
そうして持ってきた小さなシーツをあたしにばさっとかけて、隣に寝転がる。
「別に昼寝してたんじゃないわよ」
「知ってる知ってる、本読んでたらそのまま寝ちゃったんでしょ?本の跡ついてる」
手を伸ばしてきて頬を親指でくいくいと撫でる。そのやさしい仕草になんだか恥ずかしくなってきて、思わずシーツを頭までかぶって、ぐるんと体ごと向こうを向いた。
「なによ、ご機嫌ななめ?」
戸惑う様子もなく聞いてくるので、それが少し悔しくて、そのまま黙ったままでいた。
「むむ、リタっちがその気なら……えい」
あたしがシーツの中で息を潜めていると、なんとそのシーツごと抱きしめてきた。あたしは身動きもできずシーツの中からも出られず、そのままばたばたともがいた。
「もう、なにやってんのよ!離して!」
「ふふーん、リタっち抱きまくらゲットー」
実に腹立たしい声で言ってくる。このまま抱き枕にされてるなんてごめんだ。あたしは唯一動かせそうな足を伸ばしておっさんの足をかかとでがつんと蹴ってやった。
「いった!痛いよリタっち……」
無事シーツの中から脱出を果たしたあたしは得意気な顔をして痛がる様子に目をやる。仕返し成功だ。
「ごーめんごめん、苦しかった?」
「苦しくはなかったけど、身動き取れないようにされるのがうざかった」
へらへら笑いながら謝ってくる顔に、ふんとそっぽを向く。
「わかった、ごめんね、普通にお昼寝しよっか」
そう言ってあたしを隣に寝転がらせる。
「なんであたしまで昼寝することになってんのよ」
「せっかくの休日だし、リタっちとお昼寝したいな。だめ?」
さっきまでふざけたような態度だったのに、一転してストレートにお願いされてしまった。本当は自分もしたかったなんて、言えない。
「……さっきは中途半端で起きたから、もうちょっと寝ることにするわ」
しぶしぶといった様子で言ってみせる。足下でくしゃくしゃになったシーツをたぐり寄せようとすると、おっさんはささっとシーツを広げて二人に半分ずつの面積でかぶせた。手際がいい。
「お日さまが暖かいねえ、こりゃリタっちが眠くなるわけだ」
あくびしながら目を細め、窓の外を眺めるように顔を動かす。そうしてあたしに目を合わせ、やわらかく微笑んだ。陽の光のなかにあるおっさんの顔は、とても安心しきっているように見えて、少し嬉しくなる。
お昼寝なんて、したことあったっけ。ずっと一日中研究か考え事をしていた気がする。昼がこんなにあたたかいということを改めて知る。おっさんは、お昼寝なんてしたことあるのだろうか。わからないけれど、さっき自分と一緒にお昼寝がしたいと言ったときの顔は、嫌いじゃなかった。
「リタっちの顔、お日様に照らされてきれいね」
「ちょっ、顔近い!」
そう叫んだとたん背中に手を回されて、抱き寄せられた。ちょうどおっさんの胸のあたりにあたしの頭が来る。
「おやすみ」
そのまま寝息を立て始めた。手は背中に回されたままだ。ちょうど背中に陽光が当たっていることもあって、とてもあたたかい。
「なによ、もう」
いきなり引き寄せられて心臓がばくばく音を立てている。でもおかげで顔を見られなくてよかった。間近であんなことを言われて、きっと赤くなっていたに違いないから。
左手でそっと胸のあたりに触れると、シャツ越しに硬い感触と熱が伝わってきた。安心する音も一緒に。あたしが、守らなければならないもの。
顔のそばにある手に、右手をそっと重ねる。そうするとそっと握られる。寝ているのか起きているのかいったいどちらなのか。
悲しいことなどなにもないというようなあたたかさに、そっと目を細める。なにも考えない時間があったっていい。それも教えてもらった。いろいろなことをあたしに教えていっては、飄々とすり抜けていく風のようなひとだったのに、今は日なたの中であたしの目の前にいる。不思議なことだ。
「ふふ」
眠りぎわ、小さく笑う。さっきのどたばたを思い出して、少し照れも入った笑いだ。そのままふうわりと雲に包まれるような感覚を覚えた。ああ眠るときってこんな感じなんだ。
さっきシーツごと抱きしめられたとき、ほんとうは直接抱きしめてほしかったから怒ったなんて、絶対に、言わないんだから。
あとがき
レイリタ×日なたぼっこはずっと書きたかったのですが、書いてみたらただのバカップルになりました……。
お部屋での日なたぼっこは贅沢ですよね。書きながらやってみたくなりました(笑)
タイトルはスピッツの曲から。個人的にこの話のイメージソングです。
ありがとうございました。