闇の中で槍を振り抜く。確かな手応えとともに高く跳べば、もうなんの音もしなかった。今日は跳ねれば跳ねるほど月が近い。頭が揺らぐほど明るい。
草を踏みしめて来た道を戻ると、林の奥から見慣れた影がゆらりと現れる。夜に溶けそうな髪が薄青くなびく。
「ようジュディ、夜の散歩か?」
「魔物の咆哮が聞こえたから、気になって」
「そりゃご苦労さん、でも一人で行くことなかっただろ」
「あら、そういうあなたも、行ってきたんでしょう?」
ユーリは参ったな、というように薄く笑った。
「オレのは肩慣らし程度だって」
「私もよ」
疑う言葉を返すこともなく、ただそっか、と静かに私を見つめる。大きな影が私たちを覆ったかと思うと、ふいに月明かりが陰って辺りの闇は一気に濃くなる。
「……血の匂いがするわ」
光を知覚できなくなって、ふと感じた。
「オレか? それともジュディ?」
「わからないわ」
ユーリの表情すらかすかにしか見えない中では、返り血や傷の場所を確かめられない。じっと目を凝らしても、自分が本当に彼を見ているのかわからなくなった。夜の中に見出した幻覚にとらわれているような、そんな気持ちになった。
「こりゃ、二人とも水浴びしてから帰ったほうがいいか?」
「……そうね、私が見張りをするから、あなたもお願いね」
「ま、そうだよな」
ちょっと残念そうな顔をするのが可笑しかった。ユーリがくるりと先に林の奥へ歩き出そうとして、喉の奥がぎゅっと狭くなる。二歩、三歩、開いていく距離に、転びそうな勢いで彼の腕を掴んでいた。
「どうした?」
振り向いた彼の顔を穴があくほど見つめてしまう。
「震えてるわ」
少し不思議そうな顔をしたあと、そうかもな、とうなずく。
「夜は冷えるしな」
そう言われて、夜風が少しだけ冷たかったことに気付く。ユーリの腕はほんのり温かくさらりとしていた。すぐに離そうと思ったのに、できなかった。彼のおぼろげな表情からも目が離せなかった。だんだんと視界いっぱいに広がる。呑み込まれるような気持ちで、私は安心して目を閉じた。ふたたびわずかに現れた月光がちらりと踊ったのも、彼の体で隠れて見えなくなった。