寝そべったシーツが髪と擦れる。いつも眠っているのに知らない場所みたいに思える。自分の心臓の音がかすかに耳に響いている。少し横を向くと、リタを見下ろす男が不服そうに言った。
「ちょっと、どこ見てんのリタっち」
レイヴンが指で頬をぷに、と突いてくるので手のひらで払う。
「べつに、どこも」
「上の空なのかと思っておっさんさみしいわ」
正面に視線を戻すと、軽口をたたきながら、それでもいつもより静かで真っすぐな目がリタを見つめる。これだ。これがいやなのだ。誤魔化すなとかちゃんとしろとか言いながら、いざ真正面から見られると居たたまれなくなるなんて、どうかしている。
「……これ、外して」
リタはレイヴンのシャツの襟を引っぱる。リタにとってはレイヴンの真剣な表情よりも胸の魔導器のほうがずっと見慣れていると言ってもよかった。同じ視界にあったならこの状況も改善するかもしれない。
「いやん、もう脱がせたいの? リタっちのエッチ」
無視して、そのままボタンを外しにかかると慌てて止められた。
「ちょっとちょっと……」
「なによ」
「せめて自分でやる……」
「さっさとやらないからでしょ」
「いや、なんかいつもの検診みたいで……ムードがない!」
「そんなの初めからないでしょ」
「ええ? おっさんこれでもいろいろ考えて……がっくし……」
はだけたシャツの合間に赤く明滅する魔導器があらわれる。光はいつも通りの間隔を刻んでいるように見えたが、少しだけ明滅の速さが普段とは違うような気がする。
「ねえ」
「ん、なあに……」
「興奮してる?」
レイヴンは苦いものを一気に食べたようななんともいえない表情をした。
「……身も蓋もないこと聞くね」
「だって、その子がいつもと違うから」
「コレ見ただけでリタっちにはなんでも分かっちゃうの……? そんなのアリ?」
「やっぱりしてるの?」
「あーっ……もういいです……」
レイヴンがしくしくと手で顔を覆ったのでまじまじと魔導器を見ることができる。いつも座って見ているのとは違う。下から見上げたそれは星のように瞬く。けれどただ一つきりの星は空の向こうではなくリタの目の前にある。
「あたしもしてるからいいでしょ」
「……へ?」
胸に手を伸ばして触れると、ほんのりと熱を持っていた。
「いつもと違って、診たい、じゃなくて、触りたい、って思うから」
なにが違うのだろう。考えるほどに鼓動が速まる。顔のそばで揺れる手のひらと、真っすぐな視線と、それからたしかな意思を持ってリタに近づこうとする体がそこにあること。それらを震えるくらいに求めていること。少し苦しくもあるこの感覚に身をまかせたくなってしまうこと。
「はあ……」
「なによそのデッカいため息は」
「いや、リタっちは天才なんだなあって」
「この流れで出てくる言葉? それ」
魔導器に触れたリタの手を取って、自分の指を絡ませる。
「おっさんの心を乱す天才」
「褒めてるの?」
「もちろん」
さっきと同じ距離まで顔が近づく。今度はもう逸らさない。いつもと同じ間抜けな顔だ。いつでもリタのそばにあるものだ。
「ふふ」
「あ、笑ってる」
「笑ってないわよ」
「そんな変な顔してた?」
リタはざらついた頬から髪に触れ、くいと頭を引き寄せた。目の下あたりに唇をつける。
「ほんとに、へんな顔」
そう言って、リタはゆっくりと目を閉じた。