「はあー……」
手足をひろげて草の上に横たわる男は、大きく息を吐いた。安心しきったように笑ってリタを見る。
「生きてるねえ」
「あたりまえでしょ」
軽く遺跡を調査するだけの予定だった。それなのにレイヴンはおっさんの出番ね、とか何とか言っていつものようについてきた。少し中ほどまで入って確認事項をたしかめたら引き返すつもりだった。
「あんなデカブツがいたなんてねえ……」
レイヴンはしみじみとつぶやく。突然壁がうねるように動き出したかと思うと、人型のような形をとって二人に襲いかかってきたのだ。出口を石でふさがれて、突破するためにあらゆる手を尽くした。もしレイヴンがいなければ今ごろリタはあの遺跡の中に埋もれていただろう。
「あの人形の仕組み、解明したかったかも」
「リタっち元気ね……」
「あんた大丈夫なの?」
なんとか無事逃げおおせて真っ先に心臓の様子を確かめたが、深刻な異常はみられなかった。少しだけ乱れはあったが、すぐに処置できる程度だった。
「へーきへーき、リタっちこそ」
「あたしはぜんぜん、かすり傷くらい……」
と、リタの腹がぐうっと鳴った。思わず手で押さえると、追い打ちのようにきゅるる、と音をたてる。
「ち、ちがうわよ! これは」
「そりゃあんだけ大立ち回りすれば腹も減るわよ、お疲れさん」
レイヴンはくっくっとひとしきり笑ったあと、ゆっくり起き上がって懐を探る。
「ありゃ、いまこんなもんしかなかったわ」
取り出された手のひらに乗っていたのは、携帯食料の包みだった。銀色の紙が光を反射している。
「これ……」
「ん、なに?」
「昔、同じものよく食べてたってだけ、久しぶりに見たわ」
家に同じものをいくつも買い置きしておいたのを覚えている。本を読みながらすぐに食べられるものはリタにとって必要不可欠だった。
「ちっさい頃からこんなんばっか食べてたの? あー……納得」
「……何か言いたそうね」
「ほ、ほらほら~これあげるから食べなって」
握りこんでいた手のひらを無理やり開かれ包みを置かれる。
「あんたの分は?」
「まだあるわよ、おっさんはべつにいいわ」
「あんたも食べなさいよ」
レイヴンも仕方なくもうひとつ取り出して、二人で包みを開ける。ほんのり甘いような苦いようなよく分からない味と、柔らかくも噛みごたえのある食感が少しだけ懐かしかった。アスピオの小屋の温度を思い出した。
「やっぱり好き好んで食べるもんじゃないわね」
「いっぱい持ってたってことは、あんたもよく食べてるんでしょ」
「まあ、便利だしね」
もぐもぐと咀嚼する二人のあいだに草原を吹き抜ける風が吹く。レイヴンの二重生活を思えば、こうしたものが必要になるのは当然のことだった。リタが一人の部屋で口にしていたそれと、レイヴンが食べていたものは同じでも違うように思えた。
「あー、酒場のツマミが恋しい……」
「ちょっと、帰ったらいきなり飲むつもり?」
「いや、酒も飲みたいけど、美味いもん食べたいーって気持ちになって」
レイヴンは食べ終わったあとの包み紙をきれいにたたんでポケットにしまう。それからまただらんと手足を投げ出して寝転がる。
「またジュディスちゃんのサバみそ食べたいわー」
「あたしは豚の角煮のほうが好き」
「思いきり出汁を味わいたいわね」
「エステルの芋汁もたまには食べたいわね」
「……ちゃんと呼んであげないと嬢ちゃん作ってくれんわよ」
「甘いもの、クレープとかも食べたい」
「たまには作るのもいいかもねえ」
食べ物の話ばかりしていたら、食べたばかりなのにまたお腹がきゅる、と音をたてる。と思ったらレイヴンからも同じ音が聞こえた。
「なによ、食べたばっかりじゃない」
「リタっちこそ」
包み紙をポケットにしまって、勢いよく立ち上がった。必死に走った疲れも少しは取れている。
「さ、こんなところにいてもしょうがないし、さっさと帰るわよ」
「ほいほい、帰ったらたらふく食べるわよー」
「その前に、今日の調査結果をまとめないと」
「そんなのあとでいいでしょうよ、いっつもそんなんだから細っこいんだって……あだぁっ!」
レイヴンを置いてリタはすたすたと先に歩き出す。まだ高い位置にある陽があかるく浮かんでいる。街までは今日中に帰りつけるだろう。何を食べようか、考えるだけで少し頬がゆるむのは、最近気づいた不思議な現象なのだった。