admirer


ゆるさんは、「先輩」「リモコン」「試着室」を使って三題噺を作って下さい。

#shindanmaker

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彼女は先輩、と呼ばれるのを嫌がる。アルバイト先で自分より長く働いていたからそう呼ぶのが自然だと思ったのだが、初めて呼んだとき少し表情が曇ったのを見て、とっさに提案した。――名前で呼んだほうがいいですか、と。

「ジュディス……もういいかい?」

「こっちのシャツも似合うと思うわ」

さっきから彼女に言われるがまま試着室を出たり入ったりして、そろそろ恥ずかしくなってきた。自分には似つかわしくない洒落たデザインの服ばかりを着せられる。ジュディスは楽しそうににこにこ笑いながらとても似合うわ、と繰り返す。

「真っ先に服屋に来たから、てっきり君の服選びを見せてくれるのかと思ったよ」

ジュディスはきょとんとする。

「あなたが選んでくれるの?」

「いや、君が選んでいるところを見ているだけでもいいけれど」

「そんなのつまらないでしょう」

「そうだろうか」

結局、最初に着た薄水色のシャツを買うことにした。少し気恥ずかしかったが、ジュディスがとても褒めてくれたのでつい乗せられてしまった。次に一緒に出かけるときには着てみようと思った。と、次のことを考えてる自分に気がついて動揺する。

「フレン」

「は……な、なんだい」

道の端で立ち止まった彼女が急に呼びとめる。こちらをじっと見つめてくる。その顔を直視できなくて、視線があちらこちらに泳いでしまう。

「すごい汗」

ふわりと良い匂いのハンカチが頬をかすめる。同時に長い指がふっと鼻先に触れた。光景がよぎる。そんなに前の話ではない。彼女と初めて長い話をしたとき――休憩室の旧型のテレビでは痛ましいニュースが流れていて、同時にリモコンに手を伸ばしたことを思い出す。

――他の番組を見る?

――いえ、音量を上げようと思ったの。

そう答えた彼女の表情はあまりにも澄み切った湖のようにしんとしていた。一瞬触れあった指が、すらりと細くて驚くほどつめたかったことをいつまでも覚えていた。

「……ジュディス」

ハンカチごと彼女の手をそっと掴むと、驚いたように震えて、すぐになんでもないように美しくほほえんでみせる。

「なにかしら」

名前で呼んで、敬語も使わないで、あなたとは話しやすいから、そう言われて気がつけばなんでも話すようになって、二人の距離は瞬く間に縮まった。そう思っていた。

「君の好きな色を教えてくれないか」

ジュディスの瞳が瞬きをくり返す。やがて視線はそっと伏せられ、体がこちらにゆっくりと近づく。触れあいそうな距離まで来て、彼女と間近で目が合う。気恥ずかしくて逸らしたくなった。けれど、見てもらわなければ見ることもできない。じっと、たっぷり数十秒は見つめあったところで、ジュディスはこてんと頭を首元に預け、独り言のように呟いた。

「……好き?」

彼女の綺麗なまとめ髪から出た後れ毛が、陽に透けて光っていた。動いたらすぐに飛んでいってしまいそうな気がして、その光にじっと見惚れていた。僕が君に似合う色を選ぶよ――抱きしめ返すこともできずに、そんな上手い言葉が出てくるはずもなかった。