真夜中の来訪者


リタはあまり夢を見ない。けれど、知らせとか予兆のようなものは感じる。いつもそういうときは、ざわりと何か動く気配がして、眠っている意識を揺らすのだ。

「う、ぐ……うう……っ」

呻き声がすぐそばで聞こえて、はっと目を開ける。隣を見ると、胸に手を当てて苦しそうに体を丸めるレイヴンがいる。リタはすぐさま起き上がり、レイヴンの肩を揺らす。

「レイヴン! 起きて!」

「あ、あ……リタっち……ぐ、うっ……」

「すぐ診るから、じっとしてて」

目を開けたレイヴンはなおも苦しそうに胸を押さえている。その手をどけて、寝間着のボタンを外していく。首から胸元はじっとりと汗ばんでいた。

制御盤を立ち上げる。平常状態よりさまざまな数値が基準値の範囲を超えようとしている。一つ一つ確かめて、噛み合わない波長を調整していく。

「また、夢見たの?」

「うん……そうみたい」

痛みが引いてきたのか、さっきよりレイヴンの表情はいくらか落ち着いている。

「……またリタっちのこと起こしちゃったね」

「もう慣れたから、最近は起きる前にわかるのよ」

レイヴンは悪夢を見ると時々心臓の調子が狂ってしまう。生命力の循環が上手くいかなくなってしまうのだろう。そばで眠るようになってから、度々こうしたことは起きた。

「ていうかむしろ起こしなさいって言ってるでしょ、大事に至ったらどうすんのよ」

「いや、昔だって時間経ったら治ったし……」

「万一のことがあるかもしれないでしょ! それに……あんたが苦しんでるのにそのまま呑気に寝てるなんて、許せないのよ」

夢に良い悪いもない。どんなに現実味があったってしょせんは起きたら消えてすぐに忘れてしまうのだ。けれどレイヴンは、きっと目を閉じながら辛く苦しい現実の中にいる。身体を刺すような痛みを受けている。リタはそこに行くことができない。見つけて触れられるのは数値に現れた綻びだけだ。

「……リタっちのそういうとこ、好きだよ」

「な、なに、突然」

「いや、思ったこと言っただけ」

穏やかに明滅する魔導器にそっと触れて、レイヴンは自分でボタンを留め直していく。

「もう痛くない?」

「大丈夫、ありがとね」

「べつに、慣れてるって言ったでしょ」

リタがふたたび布団にもぐりこむと、レイヴンの腕がそっと体を引き寄せてくる。胸元が顔の近くに来る。

「なんとなくね、もうちょっと……こうしててほしいかなって」

「……いいわ」

顔を寄せると、ほのかな汗と石鹸の匂いがする。聞き慣れた駆動音が耳を打つ。

「でもね……これだけでいいからね」

「え?」

リタが聞き返すと、大きな手のひらが髪を柔らかく撫でる。

「全部なくそうとか取っちゃおうとか、思わなくていいからね」

小さく息を飲む。自分にできることは限られているのに、丸ごとどうにかすることができたらといつも考えてしまう。そこから先へは行けないのに、入れないのに、拳がひとりでに壁を叩く。いつも結果はわかりきっている。

「……もう忘れたの」

「なに? 夢?」

「そう」

「うーんとね、今から……どっかいくところかな」

その言い回しに、まるで足が生えてトコトコと歩いていくようなイメージが浮かんで、リタは少し口元を緩ませる。こちらからは開かない扉が音をたてたような気がした。そっとあたたかな胸元に唇をあてて、目を閉じた。

どうか今夜はゆっくりおやすみ、またいつか。