親愛なる童話作家へ


夜半過ぎ、偶然商人と行き合って、パンと新聞を買う。連れのいない旅は時間が不規則になりがちで、宿の食事にありつけないこともある。運よく部屋を得られたユーリは、ほとんど中身のない鞄を下ろす。久々に屋根のあるところで眠れる安堵からすぐにでもシーツに手足を広げたくなる。けれど、ベッドに腰かけるだけにして、パンを口に運びながら新聞を広げる。

新聞を読む習慣はいつかの旅の途中に身についた。正確には、興味深く読む人間がそばにいたので隣で読むうちに影響された。いま、どこで何が起きているのか、歴史書よりもずっと早く知ることができる、そう言って嬉しそうに笑っていた。

他の記事を読むのもそこそこに、ユーリの視線はある一角に吸い寄せられる。紙面の下部に設けられたほんの短い文章は、ある童話作家の連載小説だった。実は帝国の立場ある者だとも噂されているという。

「立場ある者どころか……っつーか」

思わず笑みがこぼれる。隠し事は上手ではなかった。少なくとも一緒にいたころは。

連載されているのは冒険小説だった。世界を巡る少年がさまざまなものに出会う物語だ。今回は荒れ狂う川を下った先で不思議な森に迷い込むようだ。

『ざぶんざぶんと追いかけてくるしぶきを振りきれば、今度は色とりどりの木々がそびえています』

ユーリは思い出す。少し前の出来事を。徒歩では行けないというので小舟を借りれば、いつの間にかおかしな森に流れ着いていたこと。なんとか森を抜けて届け物を終えたこと。そうしてやっとの思いで町に着いて、一番に手紙を書いた。

『ひたすらに歩きながら、けっしてくじけることはありません。あきらめずに進めば必ずたどりつくのだと、彼は心から信じているのですから』

やがて少年が森の出口を見つけたところで、今回は終わりのようだ。ユーリはざらついた紙面をトン、と指ではじく。パンの欠片を飲み込み、ベッド脇のテーブルから紙とペンを取る。お便りはこちらまで、と記された宛先はもう見ずとも書ける。机からこぼれるくらいたくさんの封筒を嬉しそうに一つ一つ開ける姿を思い描きながら、ユーリは筆を走らせた。