Aletheia


それを“儀式”と呼んでいたのは、決まりごとだと思いたかったのかもしれない。罪の意識から少しでも目を逸らすために、そして逸らさせるために。

寝台の上に乗り、じっと横たわる体のそばに膝をつく。近づいても反応の乏しいさまは、自分の昔の姿を彷彿とさせた。

「……そこで見てる?」

大きな体をはさんですぐそばの椅子に腰かけていた少女は、苦々しい顔で少し考え込んだ。

「何かしたほうがいいの?」

「いや……何もしなくていいよ」

本当は今すぐに部屋を出てほしかったが、もう言っても聞かないことは分かっていた。散々尽くした話だ。

状態の不安定な元騎士団長が眠る部屋に入れる人間は限られていた。話すことはかろうじてできる。しかしまともに会話ができる時間は限られている。発作のように、古代遺物の名前と自分を詰る言葉を並べ立てては、頭を、胸を掻きむしることを繰り返す。そんな彼に近づける者はごく一部だった。

「見てたって、たぶん、気にしないと思うから」

むしろ自分のほうが見られたくなかった。何もかもを陽の下にさらけ出されるような苦しさがあった。この部屋で呻いて崩れおれるアレクセイを初めて見たとき、とっさに唇をすくいとっていた。何度かくちづけを繰り返すと、呼吸が落ち着いていくのを感じた。そうするしかないと思った。ベッドに横たえて、服を剥ぎ取って、体に触れた。ゆっくりと肌が熱を宿していくさまに、胸が熱くなった。感覚を分かち合う中で、虚ろな視線が確かにこちらをとらえるのを見た。だから、それを繰り返した。

「……あたしは見てるだけなんていや」

リタの手がしゅるりとリボンをほどき、前開きの服から白い肌があらわになる。

「ちょっと、リタっち」

「あんたの手伝いをするわ」

何もかも脱ぎ落としたリタがブーツを寝台の向こうに放り、アレクセイのそばに腰かける。細い背が触れられそうな距離にあることに混乱した。あの日、行為を覗き見られた日も、リタはいやに落ち着き払っていた。

——あたしが他の方法を見つける。

すでに関係に気づいていたのか、いくら察しがいいと言ってもそんなことがあるものかと思ったが、リタはそれまで自分に様子を見させろと言い出したのだ。当然巻き込むべきではなかった。いくらか言い争ったあと、当然のようにいつの間にか言い負かされていた。彼女は、共犯者になったのだ。

「いつもはどうしてたの、とりあえず脱がせればいいの?」

「いや、ちょっと待っ……」

口をはさむ暇もなく、リタはアレクセイの白いガウンにぐいと手をかける。すると、大きな手がすっと動き、リタの手をつかんだ。

「……モルディオ」

そう、呼んだ。リタは目を見開き、少し震えたあと、その揺れる瞳を見つめ返した。

「あたしのことは、分かるのね」

「……リタ・モルディオ……」

もう一度呼んだあと、アレクセイは手を伸ばし、リタの体を胸元に抱き寄せた。細い体が崩れるように倒れ込む。

「な、なに……」

アレクセイが自分以外の人間にこんな反応を見せるとは思わず、身動きがとれなかった。力のこもらない手がリタの背を撫でる。もう片方の手が伸ばされ、ふらりと誘われるように、ごく近くまで顔を寄せる。ぱたりと腕の中に倒れ込み、ふたりとも抱きかかえられているような形になった。

「ああ、そうなのかもしれない」

歌うようにつぶやく。何か幻覚でも見ているのだろうか。眩しい光を仰ぎみるような、これまで見たことのない表情をしていた。

「共に行こうではないか」

かすれた声が、けれど朗々と歌い上げるように告げる。腕に力がこもり、同時に引き寄せられたリタと目を合わせる。きっと似たような顔をしていたのだと思う。リタはそっと目を伏せて、アレクセイの胸元に唇を寄せた。それがあまりにも自然な仕草で、一瞬まぶたを閉じたくなった。アレクセイが髪に手を差し入れてくるので、くすぐったくて、リタと同じようにくちづけた。のぞいた肌がとくとくと脈打つのを感じた。リタが耳を押し当てて、速いわ、と言ったので、同じようにそうした。同じ心臓の音を聞きながら、あわく微笑みあった。彼女がそんな顔をするのを初めて見た気がした。

「……ごめんね」

むきだしの肩に回された大きな手に、自分の手を重ねた。そうしていると、まるで何かを守り隠しているようだと、そう思ったのだった。