HAPPY DAYS


「最近、野菜の値段上がってない?」

 それは、リタのそんな一言がきっかけだった。

「そうでしょうか? 言われてみれば、このところ食材費が少しかさんでるような……」

「ちょっと見せて」

 テーブルの向こうからリタが手を伸ばして、わたしの手にあった今日の買い物リストを取る。

「タマゴ、ミルク、コンブ、ホタテ、サバは前と変わってないけど、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ポテトは平均して三ガルドほど上がってるわ、前々回の買い出しのときと比べると七ガルドくらい違うわね」

「それって、合計だとけっこうな差なんじゃ……」

「リタっち、買い出しのときに値札見ただけで気づいたの? さすがの観察眼ってとこね」

 キッチンで料理中のレイヴンが話に入ってくる。リタと一緒に暮らし始めてから、家計簿はわたしが付けているのだが、そんな差にはまったく気づいていなかった。

「べ、べつに、単に損するのが嫌なだけ」

「すごいです、本当ならわたしが気付くべきだったのに……リタのほうが適任なんじゃないでしょうか」

 家計簿をペラペラとめくって確かめてみる。確かにリタの言うとおりだった。

「……まあ、嬢ちゃんはある程度仕方ないって、少しずつ慣れていけばいいのよ」

「あたしもエステルに任せきりだったから……今度から交代でつけましょ、そうしたらお互い見落としがあっても確認しあえるでしょ」

「いいんです? じゃあ……次の買い物のときはリタにお願いしますね」

 リストをひらひらと振りながら、リタは任せなさいよ、と言いたげにこくりと頷いた。

「話がまとまったようで何より何より」

 レイヴンが湯気の立った深皿を二つ運んでくる。野菜のたっぷり入ったクラムチャウダーだ。

「でも、どうして野菜だけそんな風に値段が上がってるんでしょう?」

 スプーンを並べながら疑問を口にする。リタも首を傾げていた。

「おっさん、何か知らないの」

「……リタっち、おっさんを便利情報屋か何かと勘違いしてない?」

「知らないのね」

「うーん……これはちょっと耳にしただけだけど、ハルルのよろず屋が懇意にしてる農場で、魔物の被害があったって、小規模なものらしいけど」

「知ってるんじゃない、早く言いなさいよ」

 リタの物言いに、レイヴンは苦笑いしながら頭をかく。

「それで、野菜がだめになってしまったんでしょうか」

「いつもと違うとこから取り寄せてるんじゃないかねえ、それにしてはがんばってるほうだと思うわよ」

 三人分の食事が揃い、いつものようにいただきます、と手を合わせる。クラムチャウダーは口に入れるとほかほか温かく、体中にしみわたる味だった。

「まだ家計を圧迫するほどじゃないですけど、いずれもっと高くなっていったら、少し困りますよね」

「そうね……まあ、あたしはパンだけでもいいんだけど」

 リタはクラムチャウダーにスライスしたパンをひたして食べていた。

「だめですよ、ちゃんとバランス良く食べないと、偏った食事は体に毒です」

「そうそう、育つもんも育たな……あだっ」

「うっさい」

 どこからか取り出した、丸めた雑誌でレイヴンの頭を叩いて、そのまま座り直す。レイヴンは納得がいかなさそうな表情で頭をさすっていたが、ふと、何か思いついたように顔を上げた。

「……いっそ、作っちゃえば?」

「は? なにを」

「野菜よ、ここの家の庭、十分な広さがあるし、好きなものだけ育てるの、いいんじゃない?」

 レイヴンの言葉に、お城にあった絵本のことをふいに思い出した。

「それ、家庭菜園っていうんですよね? わたし、本で読んでからずっと憧れてたんです……! 街はずれに暮らしていたおばあさんが、街の人々に美味しくできた野菜を配って……」

「……エステル、その話はまたあとで聞くわ。おっさん、そんな簡単に言って、素人が簡単に作れるもんなの?」

「まあ簡単とはいかないかもだけど、二人とも花はたくさん育ててるし、いけるんじゃないかね?」

「適当……」

 

 

 

 食事を終えたわたしたちは庭に出ていた。扉から外に出ると、少しつめたい風が吹いてくる。左右に据えられた花壇にはリタと選んだ色とりどりの花が咲いていた。レイヴンは、倉庫から巻き尺を取り出してきた。

「このあたりとかいいんじゃない? 花壇からもちょっと離れてて」

「こんなところ、いきなり耕すの?」

「今からいきなりは無理ってもんよ、土作りから始めなきゃならんからね」

「なるほど、いい野菜はいい土から、ですもんね」

 レイヴンは巻き尺をくるくると巻きとると、指を折って何か数えはじめた。

「道具とか苗とかは、ダングレストなら安く手に入るだろうし、今度持ってくるわ」

「そんな、いいんですか?」

「いつも嬢ちゃんたちには世話になってるからね、本当にやるってんなら助力は惜しまないわよ」

 心の奥がそわそわと躍っていた。花は種や球根から咲くものだと知っていながら、それに触れたのは旅に出てからのことだった。ここで暮らし始めてから、それらを自分で育てたり、実際に成長を見守ったりするのは楽しかった。

「あたしは、エステルがやりたいならいいわよ」

 考えが表情に出ていたのだろう、リタがわたしの顔をのぞきこんで、お見通しというように軽く笑う。

「……やってみたいです、わたし」

 意を決して言うと、ふたりはやさしく頷いてくれた。胸の奥があたたかくなる。さっき食べたクラムチャウダーのせいだけではないのだろう。

「何を育てましょうか、お店で買えないものも作れるでしょうか」

 わたしがわくわくと話し出すと、リタはパンに挟めるのがいいわ、と返す。初心者に向いてそうなやつは、とレイヴンは顎に手を当てて考え出す。きっと楽しいだろう。想像するだけで顔がほころぶ。たとえうまくいかなかったとしても、一緒にできることなら、なんだって。