傷跡

2014年7月16日の #テイルズ版深夜の真剣小説60分一本勝負 に参加させていただきました。

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お題は「傷跡」です。バクティオン神殿後の話で、リタとカロルが出てきます。


ぐんぐんと空を進む船の上で、凛々の明星一行はそれぞれ静かに景色を見つめていた。皆おのおの離れた場所にたたずんでいる。甲板は静寂に満たされていた。船を運ぶバウルの背には、遠ざかる古びた神殿があった。

リタは景色を見る気にもなれず、到着前まで少し船室に引っ込んでいようと階段を下りた。船室には二段ベッドが備えつけてある。そこで少し休もうと思い部屋に足を踏み入れると、ベッドのそばに座り込む影があった。

「あれ……リタ……?」

「なによ、あんたこんなところにいたの」

カロルは膝を抱えて、部屋の隅にじっと座っていた。その顔はぼんやりとしていて、ずっとここで泣いていたのかもしれないとリタは思った。

「どこでめそめそ泣いてんのかと思えば」

「なっ、ボク泣いてなんかないってば!」

あわてて居ずまいを正そうとする。手のひらで顔をごしごしこするカロルの姿を横目に、リタは二段ベッドの下段にどさりと腰かけた。船室の中は静かなもので、時々揺れが伝わってくる。

「リタ、手の甲に傷があるよ」

カロルに指摘されて見てみると、確かに斜めに切り傷が残っている。手首の裏にほど近い場所で、服に隠れて気づかなかったのだろう。

「痛くないの?はやく応急処置しないと」

「いい。別にこんなのたいした傷じゃないわ。あんたこそ、脱出する途中にすっ転んでたんじゃないの」

「もうボクの応急処置はすませたよ。リタもやっといたほうが絶対いいよ」

そう言って船室の奥から道具を持ってくる。おせっかいね、とリタはひとりごちた。

そうして処置をしようとするカロルから道具をひったくって、リタは自分で処置をすませた。

 

「戦ったらさ、どうしてもケガしちゃうよね」

「そうよ、当たり前じゃない」

道具を片付けながら、カロルは呟いた。

「……レイヴンの心臓魔導器……」

小さな絞り出すような声だった。リタははっとして、唇を噛んでそのままうつむいた。

「ボクには、あれが大きな傷みたいに見えたんだ。はじめて見たものだったから、びっくりしたのもあったけど」

リタはあの赤い輝きを思い出した。まるで魔核が命を喰らって光っているようだった。魔導器に親しんできただけあって、その衝撃は凄まじいものだった。

「あれを、あんたは傷だっていうの」

「いや、魔導器をバカにするとかそういうつもりは全然ないんだよ!でも……」

リタは怒ったつもりはなかったのだが、カロルは必死に弁解しようとした。言葉を切って、少し考え込む。

「……ギルドの人たちってさ、みんなあちこち傷だらけの人が多くて、特に魔狩りの剣のメンバーなんて特にそうでさ。でも、戦いで得た勲章だって、誇らしげにしてる人も中にはいるんだ。ドンにも大きな古傷があった」

かつてのリタにとって、そういった傷を作ってばかりいる荒っぽい人種は嫌悪の対象だったが、何かを手に入れるためには傷つくこともある、そう言ったのはいつかのリタだった。

「レイヴンは、どうだったんだろうって」

そう呟くカロルに対して、リタは少なくとも勲章などでは決してないだろう、とはっきり思えた。誰も何も知ることはできなかったが、あの男は“あれ”を抱えて苦しんであの神殿で死のうとしたのだ。むしろ体を蝕むような忌々しいものだったのかもしれない。

 

「……おっさんは、魔導器のこと、むしろ嫌いだったのかもしれない」

 

口にした想像は、リタにとってはとても苦々しく突き刺さるものだった。なにしろ自分は魔導器に執心する様子を目の前で何度も見せてきたのだ。レイヴンにとっては忌々しい傷跡の一種であったかもしれないのに。

「レイヴンは、でも、リタのことまで嫌いになるような人じゃないよ、だって、ボクたちを助けてくれたじゃないか」

リタに向きなおって、少し涙目になりながら言い張る。嫌い。その言葉がじわりと小さな切り傷に染みたような感覚がした。

――あたしは、大嫌いって言っちゃったもの。

涙目のカロルの髪をぐしゃりと押し込むようにかき回し、乱暴に下を向かせた。涙が一滴するりと頬をすべり、手の甲に落ちた。

「リタ……」

カロルが涙声で名前を呼ぶ。こんなふうに子どもみたいに泣いて、いったいなにになるっていうのよ。ばかっぽい。そんな思いがぐるぐると巡って、リタは目に溜まった涙が流れないように必死に上を向いた。

「ほんと、ばか」

カロルの頭を押さえつけたまま、リタは自分の胸がきしりと音を立てるのを聞いたような気がした。ああ、これが“傷つく”ってことなのかもしれない、と、リタは唇をぐっと緩めないようにしながら、ぼんやりと思った。


あとがき

 

1時間で書くって難しいですね。思ったよりカロルが脇役っぽくなってしまったのは筆者のレイリタ脳のせいですすみません。

ワンライだからよーし思い切ってレイリタ以外のもの書くか!と思いましたが、結局リタとおっさんの話からは逃れられず……。しかし1時間で仕上げてみるのも楽しかったです。

シュヴァーン戦はいろいろ考えどころがあって好きです。またこのテーマで書きたいですね。