きれいな感情

タイトルの歌になぞらえて書いたつもりの短い話です。


ずっと暗い部屋にいた。本の山に埋もれて、窓も開けようとしなかった。ああ、そんな日がずっと続いてるのね、とひとりで呟いた。そんな夢だった。

 

リタはかすかな明るさにぱち、とまぶたを開いた。部屋は明るく、窓から差しこむやわらかな光がほんの少し薄暗い寝室を照らしていた。

その光のなかに、一人の男が眠っていた。黒い髪が褐色の頬に落ち、その寝顔は起きているときとは裏腹にとても静かだった。布団から手を出し、ついその髪を払うような仕草をしてしまった。少しかさついた頬に、指先でふれてみる。まじまじと見つめながら、いろいろな感情がめぐった。でも一番は、いとおしさだった。自分の中にそんな感情があるなんて思ってもみなかった。リタはあたたかい頬に触れながら、じかに血の通いを感じて、安心しているような自分に気づいた。ともすればはりさけそうな想い。指先にふれるざらりとした肌の感触はけして心地よいものではなかったが、それでもずっと触れて確かめていたいと思ってしまった。

 

そうしてずっと見つめていると、目の前の男がふっと目を開けた。

「リタっち、手、あったかいね」

いつから起きていたのだろう。やわらかく微笑んでそう言う。リタは急に気恥ずかしくなって、ぱっと手を離そうとして、つかまえられた。自分のよりもずっと大きな手が伸びて、リタの頬はすっぽりと包み込まれてしまう。指先のつめたさにぴくりと身じろいだ。

「ごめん、手冷たい?」

「べつに、それほどじゃないわ」

淡々と返すと、するりと頬を撫でるように指をすべらせる。間近に迫る瞳がやさしくリタをとらえる。

「じゃ、あっためてもらおうかな」

そう嬉しそうに言う。とても、しあわせそうに見える微笑みがやわらかな光に浮かんだ。そうだった、もう朝なんだ、と初めて知ったような思いがした。目の前でレイヴンがただ微笑んでいて、頬にふれられているたしかな感触があり、そこにもう窓のない部屋のつめたさは、なかった。


あとがき

 

タイトルは新居昭乃さんの歌から。とても透き通ったきれいな感情にさせられる歌です。

光の中で頬にふれあって微笑むだけのレイリタが書きたかったのです。おっさんとリタっちの「きれいな感情」は、きっとお互いを知って大切に想いあったその先でふっと気が付くようなものなのではないかと思いました。そうした感情を知って戸惑いながらぎこちなく微笑むレイリタ大好きです。

ありがとうございました。