朧月夜

Twitterお題診断をもとにしたものです。

お題元を忘れてしまったのでリンクはありません……申し訳ないです;;

 

「心臓、壊れそう」

という台詞がお題のテーマです。


暗い青色の夜に浸された部屋は、窓際とそのそばにある寝台だけがほのかに光を受けていた。その前にしばし立ちつくす。

「おいで」

寝台に座っていたレイヴンが、やさしく声をかける。リタは静かに伸ばされた手をとり、その隣に腰を下ろした。布団をかけられて、促されるようにこてん、と体が後ろに倒れた。やわらかな枕に受けとめられる。

そのままレイヴンもリタの隣に体を横たえ、何も言わずにリタの頭をゆっくりと撫でた。そのゆるやかな動作を、ただ繰りかえした。

 「……ん?どうしたのリタっち」

訝しげな目で見つめていると、それに気づいたレイヴンが聞いてくる。

「……しないわけ」

「え?」

「だからっ……なんか、しないわけって」

ぎゅっと体を縮こまらせて、やっとの想いで絞りだした。ずっと頭の先からつま先まで、自分の体じゃないみたいにうまく動かせない。レイヴンに、「今日は一緒に寝よっか」と言われたときからだ。頭の中も妙にぼんやりしていて思考もまともに働かない。

「ん、リタっち、なんかしてほしいの?」

「……っ!」

んなわけないでしょ、と言い返そうとした声が詰まった。唇だけがぱくぱくと意味なく動く。何を言おうと思っていたのか。あれ、あれ、と戸惑いのあまり視線が左右にせわしなく揺れる。

「ありゃ、ごめんごめん、ちょっとからかっちゃったわ」

む、としかめ面になりかけたリタの両手を、レイヴンは両手で包むように握った。

「ちょっとね、もういっぱいっていうか」

二人の両手を挟んで、じっと見つめあった。レイヴンの瞳がほんとうにすぐ近くにあって、今まで見たこともない色をたたえているように思えた。

「思ってたより、おっさん、ダメみたいだわ」

少し、眉を下げてつぶやいた。なにか不安をおぼえてとっさに聞き返す。

「なにが……だめなのよ」

「心臓、壊れそうだわ」

こらえた息を吐くようにささやいて、レイヴンはリタの手を自分の左胸のあたりに引き寄せた。ぺたりと手のひらを当てて触れると、ト、ト、ト、と少し速めの心音が微かに伝わってくる。

「……速いわ」

「でしょ」

へらっと情けなさそうに笑う。いつも測っているからすぐに分かった。でも体に異常をきたす速さではない。おぼつかない足で駆けていく子どもの足音のような。

「あんまり速くなると、血圧にかかわるわね」

こんな状況で、身も蓋もないことを言った。すぐ近いレイヴンの顔がいつもと違うとか、ささやくような声がくすぐったいとか、手のひらを通じて伝わる鼓動を感じて妙にほっとしてしまうとか、そんなことよりいつもみたいに自分の本分について考えていたい。まじめに向き合うのはどれも気恥ずかしかった。

「大丈夫、たまには仕事したいでしょ、コレも」

硬い胸をとんとん、と拳で叩く。

「この子はいつも働いてるわよ、そう簡単に壊れやしないわ」

「うん……ありがとね」

レイヴンは目を細めて、リタの頬にかかった髪を払うように頬から髪をふわりと撫でた。触れられるたび、リタの胸も高鳴りを増した。耳にとくとくと響く自分の音が手のひらから感じるレイヴンの鼓動と重なって、どっちがどっちかわからなくなってくる。

「どうしたら収まるかね、これ」

レイヴンが話しかけるも、言葉を返せずにリタは固まっていた。こんな感じははじめてだ。それに気づくと、レイヴンはずっと握っていたリタの手を離し、やわらかく腕の中に抱き寄せた。

「あ……」

視界がレイヴンの服で埋まり、そのかわり体中が温もりに包まれていた。あいかわらず鼓動は高鳴るのをやめないが、体温を感じて呼吸がすうっと深くなった。とんでもない安心感、とリタは自分で考えてそっと苦笑した。

「お互い、いっぱいいっぱいね」

おどけて言う声が胸から響く。なんだかおかしくて、そして嬉しかった。

「ばかっぽいわ」

「そうかもね」

ほのかな月に照らされて、こんなにも静謐な夜に、二人してなぜくつくつと笑いあっているのだろう。きっとこれがエステルの読むような甘い物語なら台無しだ、と思った。あんなに緊張して、覚悟もしていたのに。けれど、こうしていることが妙にらしいと感じているリタもいた。

「そっかあ、これが生きてるってことなんかねえ……幸せ者ってやつかもね」

大仰に言ってみせるレイヴンに、リタはまた少し気恥ずかしくなって、わざとそっけなく返した。

「大げさよ、バカ」

バカ、ともう一度口にして、リタは目の前の温かい胸に顔を押しつけた。馬鹿みたいに速い音は、きっと自分のものじゃないと、そういうことにしておいた。ばれないように、鼓動の伝わる場所に唇をあてた。こわれませんように、と、胸のなかで唱えながら。


あとがき

 

お題で「心臓、壊れそう」と出たときは、「はあああああレイリタすぎでしょおおおおおお」となった覚えがあります(笑)

こんな風に、ちょっと言い合いしながら、おだやかな夜を過ごすふたりが好きです。最近こういうほっこり系を書いてないなあ……書きたいなあ……。

レイリタはお互い空気のような、それでいてどこかずれているような、淡泊で複雑な関係が好きなのですが、ちょっと近づいてドキドキするみたいなのもよいです。個人的には10回に1回くらいドキドキする感じが理想です(謎割合)