「嫌い」なのに惹かれあう、おっさんとリタっちの話です。
どうしてこうなったのかわからない、そんな馬鹿みたいなことを言うのは嫌だったが、本当にそう思うしかなかった。きっと、自分以外の誰かだって同じことを思うだろう。
「なんでよ」
「なんでって聞かれても」
リタはとてもよく見知った、へらりと調子の良い男の顔を見つめて、目の前で言い放った。
「あたし、なんであんたと、こんなことしてるの」
「あら、リタっち、いまさら聞いちゃう?」
言葉のわりに、口調はそれほどふざけてはいなかった。肩に置かれた手が、少し体を離すように動く。
「だって、あんたの眼中じゃないのに、あたし」
リタの言葉を受けて、レイヴンは二、三回まばたきをした。驚いたポーズだろうか、それとも本当に虚をつかれたのか。
「まあ、そうね、リタっちみたいな子、おっさんの好みじゃぜんぜんないわ」
「あたしだって、あんたみたいな奴好きなわけないでしょ」
いつだって騒がしくまくし立てあっていた気がしたが、今は二人とも静かなものだった。売り言葉に買い言葉のようで、調子はとても淡々としたやりとりだった。
「そうねえ、好きになるはずなんて、ないわな」
少し視線をはずして、ゆっくりとこぼした。その何かをあきらめたような顔に、腹が立った。
「そうよ、あんたなんて、ほんとは大嫌いなんだから」
大嫌い、と口にしたとき、チリリと胸のどこかが焼けたように疼いた。その疼きは、唇をすくいとられた瞬間、速まる鼓動に溶けた。
かさついた唇が、吐息で湿ってゆく。唇をあわせたとき、もうどうしてこうなったのかとか、さっきなにを考えて喋っていたのかとか、いろんなことがさあっと白い砂のようにどこかへ風に吹かれていった。いま、ここにあるこの熱を追い求めたいという衝動しかなかった。
「……ん……っ」
思わず喉から声が漏れ出す。背中に回された大きな手が確かめるようにゆっくりと這う。リタは広い胸に置いていた手を撫であげるように首元に持ってゆき、頭を引き寄せるように頸に腕を回した。いっそうレイヴンは口づけを深くしてくる。それが欲しかったのかと、リタは腕に力をこめながら頭の端でぼんやり思った。とても苦しかった。なのに、離れがたかった。
「……っ、は、はあっ」
唇を離したのはレイヴンのほうだった。やっと呼吸ができるようになって、リタは足りない空気を目一杯吸い込んだ。けれど、空気は満たされたはずなのに、リタはなにかがまたぽかりと空いたような気がして、違和感をおぼえた。
「……やめる?」
苦しげに息をつくリタを見て、レイヴンが髪を撫でながら聞いてきた。そんな風に自分ばかり余裕を持って聞いてくるのが、とても嫌いだった。
リタは返事のかわりに、自分からもう一度唇を重ねた。じわりと胸に熱いものがひろがる。それはぽかりと空いた穴に流れこんで、火傷しそうなくらい熱く沸いた。その感覚に溺れる自分と、早く抜け出したい自分が両方いた。どっちなの、と自問した声は、レイヴンのぴったりくっついた胸から伝わる鼓動にかき消された。
「……リタ」
すぐ間近で、目を逸らしたくなるような顔で、レイヴンは名前を呼んでくる。髪のすきまから覗いた瞳に、痛みを思い出す。もうどうしようもない。口からどんな言葉がこぼれても、この熱からは逃げられない。
「……きらいよ、バカ」
まっすぐな眼差しを見ていられなくて、顔を隠すようにぽすんと首元に顔を埋めた。髭がじょり、と頬にかすって、痛くて、いとおしくて、とても悔しかった。
あとがき
レイリタは本編で突っかかってるところが多いのに実は仲が良いみたいな関係が素敵ですよね。
二人ともお互い「好みじゃない」はずなのに、好きだとかそういう感情なんてないはずなのに、なぜか惹かれあってしまう、という関係、すごくツボで書いてみたかったのでした。
読んでくださりありがとうございました。