わがままを言う

Twitter診断の「CP創作お題をアンケで決める」で書いたお題その2です。

4つのうち3つが同票になったので3つとも書きました。

 

その1とは打って変わってほのぼの甘いと思います。


「クレープ食べたい」

そう一言口に出すと、男はいつの間にかキッチンに立っている。その素早さは自動人形みたいだ。べつにこき使っているつもりはないのだが、何か口に出せばある程度のことは実現されてしまう。なんだかそれが不思議で、おかしくて、リタはつい思いついたことを口にしてしまう。

 

生地の焼ける甘い匂いが漂ってくる。クレープのうすい生地を一枚焼いては皿に移し、また新たな生地の元を流しこむ。作業に没頭する姿を眺めるのは好きだった。ソファの上辺から目だけ出して、ぼんやりと観察する。ホイップクリームを混ぜるときに顔をしかめるのはいつ見ても面白い。生地とクリームを重ねフルーツを並べていく作業は、いつも真剣な表情で行われる。すばやくも丹念な動きに、つい見入ってしまう。

もうすぐ完成だと悟ったところで、リタはさっと顔を引っこめ、ソファに投げ出された本を広げてうつ伏せになる。カチャカチャと食器を出す音が聞こえる。その音に合わせてリタは本のページを指先ですり合わせた。

 

「リタっちー、できたよー」

よろよろと起き上がると、もうテーブルの上には完成されたミルクレープが乗っていて、レイヴンはフォークとナイフを並べながらにこにこ顔でこちらを見ていた。

リタがテーブルにつくと、レイヴンは向かい側に座り、頬杖をつきながら微笑んでいる。

「ニヤニヤしないで、気持ち悪いから」

「ええ……料理人が実食してもらうときってみんなこんな顔するでしょー……」

シャツを着てぼさぼさ髪の料理人は、がっくりとこうべを垂れている。そんな姿を見やりつつ、リタはご馳走をナイフとフォークで切り分けて口に運ぶ。クリームの甘みとフルーツの酸味が心地よい。次々と口に入れてしまう。当然といえば当然だが、レイヴンの取り分はない。皿は一つしか置かれていない。それでも嬉しそうにこちらを見てくるのは、なんだかむずむずとして耐えがたいのだった。

 

「ふう……ごちそうさま」

「どう?おいしかった?」

「……まあまあじゃない?」

「そっかー、よかったよかった」

頬を綻ばせて、やり遂げて安心した人の顔をする。なんというか、とても不思議だと思えた。満足よりも、ひっかかりが先に来た。とても当たり前みたいになっていることが。

リタはやおらに立ち上がると、つかつかとテーブルの向かい側に歩み寄り、横向きに腰かけるレイヴンの目の前に立った。

「おろ、どうしたの?やっぱりマズかった?」

座っているとちょうど目の高さは同じくらいになる。リタが顔をしかめているので、レイヴンはなんだなんだと目を丸くしている。

「……おっさん、なんかないの」

「何か?って?」

「だから……なんか、言いたいこと、ないの、やりたいこと、とか……」

レイヴンはしばしぽかんとした顔をしていたが、もじもじと話すリタの意を解すると、ふっと目を細めた。

「そうさなあ……おっさん、いつも頑張ってると思うのよねー、だからぁーたまには褒められたいなぁーと、か……」

おどけた口調で話すレイヴンの頭を、リタは両腕で引き寄せた。まさかそんなことをされるとは思っていなかったのだろう、言葉は途切れて、硬直している。

「……美味しかったわ、ありがとう」

頭をわしゃわしゃと撫でながら、リタはゆっくりとそう告げた。褒めるっていうのはどうしたらいいのだろう。けれど体が先に動いて、なんだかこうしたいと思ったのだ。

「……っ、はは……これは……不意打ちだわ……」

レイヴンが腕の中で息をつく。髪の毛とヒゲが当たってちくちくしたが、リタは不思議な温かい生き物を抱えているような気持ちになった。胸の奥がぽわりと温かくなっていくのをリタは新鮮な気持ちで感じていた。

「……リタっち、もういっこ、わがまま言ってもいい?」

そっと離れたレイヴンはリタの目をじっと見つめると、手を伸ばして、そっと頬に触れた。そのまますいと引き寄せられて、口づけられた。

「うお、甘」

「……バカじゃないの」

眉をひそめるレイヴンは、それでも嬉しそうな表情をしている。そんな様子を見て、なんだかすべてがくすぐったくて落ち着かなくて、思わずレイヴンの頬をつねった。うお、と驚く顔に近づいて、リタは再び甘さのおすそ分けをしてやるのだった。


あとがき

 

クレープと甘々レイリタが書けて楽しかったです。最近の更新の中ではだいぶ珍しい甘々な話です。こういう何気ない生活の話も読みたいし書きたいですね。レイリタはほんとうにどんな雰囲気も似合うCPだなあと思います。

ありがとうございました。