アイシテ

【レイヴンからリタの場合】

愛してると突然言われた。相手が自分の目の前を通り過ぎる一瞬の出来事に当然反応なんて出来るはずもなく、目を見開いて颯爽と去っていく背中を見送った。…なにがしたいんだ!

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診断メーカーさんを元に書いたSSです。


「愛してるぜ」

突然、目の前でそう言われたので、ぽかんと顔を見上げるしかなかった。

「……は?」

リタは思わず間の抜けた声で聞き返した。何を言われたのか、耳から入った音が意味のある言葉に変換されない。意味不明な音を発した当人であるレイヴンは、見慣れない表情でじっとリタのことを見つめている。

「……愛してるぜ」

もう一度同じ音を繰り返した。その音がじわじわと頭の芯にしみていって、検分を始めて、意味を導く。導かれた答えが送り出されて体じゅうに浸透していく。理解するより前に、リタは、熱い、と思った。頭が、頭部全体がぼうっとしたような熱さ。見上げるレイヴンの顔が陰になってゆらりと揺れる。

と、その顔がくしゃりと歪んだかと思うと、レイヴンはさっと踵を返して、その場を立ち去っていった。遠くなっていく紫の背中を、リタは地面にへたりと座り込みながら見送った。地面にブーツが擦れて、ジャリ、と音を立てる。

「……なんなのよ」

なぜ突然あんなことを言ってきたのだろう。リタは、その言葉が彼のある詠唱と同じものであったことをようやく思い出した。自分の頬に手をやる。怪我の跡などないはずだ。分からない。何も分からなかった。レイヴンの真意も、自分がこうして動けなくなっていることも。考えれば分かるのだろうか? いつものように、調べて、組み立てて、追究すれば、納得のいく答えが導き出されるのだろうか? リタは熱をもった額に手を当てて俯いた。熱があるのなら、診てもらう必要がある。地面に手をついてよろよろと立ち上がった。足が痺れてしまって歩行がおぼつかない。まるで歩き始めの赤ん坊のようで、なぜか無性に悔しい気持ちになった。レイヴンの静かな声が、ずっと耳に残っていた。愛してるぜ、愛してるぜ、愛してるぜ――――。

 

 

 

◇◇◇

 

 

足早に歩く自分の足音がうるさい。息が苦しく、胸がつかえたように違和感がある。

――なんだってこんな馬鹿なことを。

ぼうっとこちらを見つめてきた顔を思い出す。どんな反応をしてほしかったのだろうか? そもそもなぜこんなことをしてしまったのだろうか? 問いが頭を駆け巡るも、何も分からなかった。一瞬、何者かに乗っ取られていたのか、自分が何かの意志に操られていたのか、などということを真面目に考えた。冗談冗談、どんな反応するかと思って、と何故とっさに言えなかったのか。心臓が痛い。もう半分人間でなくなったようなこの体は、時にとんでもないことをしでかす。

「……アイシテルゼ」

呟いてみても、痛みはまったく和らぐことがなかった。ああ、また痛いなどと言ったら叱られてしまうだろう。レイヴンは胸を押さえ脂汗を流しながら微笑みを浮かべた。

――どこかおかしくなったんじゃないの? 顔をしかめて、そんな風に言ってもらえたらよかった、そう思った。驚いたように見開いた瞳が忘れられなかった。その瞳を揺らしてしまった自分の声が、ずっとレイヴンを苛むように聞こえ続けていた。アイシテルゼ、アイシテルゼ、アイシテルゼ――――。


あとがき

 

おっさんは、「愛してるぜ~」と言いながら、自分に対して一番そう思ってないから、優先順位が低いのじゃないかな、みたいなことを考えながら書きました。心より体が先に動いてしまって困惑するおっさん好きです。それに困惑させられるリタっちも好きです。

ありがとうございました。