忘れられない、と言った。いつか薄れるときがくるまで、ずっと側にいようと思っていた。けれど、なにも置いていけない、と伏せた瞳でかたく告げた。
「俺は、残っちまったから、だから、全部持っていかなくちゃ」
――どこに? ぜんぶ呑み込んで、持っていったものひとつひとつ数えていくの? うっかり聞いてしまいそうになって、息をつめた。
「忘れちゃったら、もうどこにもなくなるから」
そうして開いた手のひらに視線を落とす。浮かんでいる影も形も見えるわけがない。ひとりでずっと開けては包んで、それが何か確かめようとしているのだろう。崖の底をのぞいてしまったような感覚が背をのぼる。知らないこと、時間、自分の立つ場所、知ってしまったこと。見えているものは重ならない。
「……あたしも忘れない」
ひとつひとつ、指に触れる。
「記憶力には自信があるし、分析は得意なの」
瞳にうつらずとも、どうか一緒に行けますように、そう唱えて力をこめた。見えないものも、見てきたものもすべて抱えて。