雨音に導かれるように目覚めた。今にも微睡みに引き込まれそうな一定の拍で、遠く雨が降っていた。朝にはまだ早く、隣で眠る少女はあどけない顏で布団にくるまっている。気づかれぬよう体を起こし、窓に近づく。
曇った空が落ちてきそうなほど街じゅうにぼんやりと影を落としていた。そこに、自分の寝起きの顏が薄く映る。長い前髪が目元を覆って、その奥に色を失った瞳がのぞく。息を殺し雨に隠れ、ただ何も考えず動いた日のことが、どろりと重い泥を被せられたかのように蘇る。
――お前は、まだそこにいるのか?
呼びかけるも、返事などあるはずがない。が、映った鏡像はじっとこちらを射抜くように見つめ、意図せぬ言葉を唇だけでつむいだ。
――あの人がいる。
息を呑む。思わず手を伸ばし触れると、鏡像も手を差し出してくる。その腕を、肩を、ゆらりと現れた、ひときわ大きな影が包む。広げた羽根で覆うように、なにもかもから隠すように。
「……あ、あ……」
ずるずるとその場にくずれおちる。その背に接吻が落とされる。それから、鋭い痛みがぴりりと突き立つ。歯を立てられたのだと気づいた。ほかならない自分に。
――シュヴァーン。
弾かれたように振り向いた。誰も、そこにいるはずがなかった。耳鳴りが襲ってきて両手で耳をふさぐ。暴力的なほどの無音が体を締めつける。あるはずのない痛みが背中にじくじくと走る。床にひざまづくような姿勢のままで、がくがくと身を震わせた。
「……どうしたの」
ふにゃりとやわらかい声が聞こえて、なんとか、よろよろと顏を上げる。リタが体を起こして、不安げにこちらを見下ろしていた。
「何かあった? 心臓が痛いの?」
寝台からするりとすべり降りたリタは、そばにやってきて寄り添うようにかがみ込んだ。
「……心臓は大丈夫だから……背中を、見てくれない?」
切れ切れの声でそう頼むと、案の定怪訝そうな顏をされた。けれどすぐにこくりと頷く。座り直して、服をまくり上げてみせると、リタの指がつ、と触れる。
「それで、何を見たらいいの?」
「……傷が、傷がないか、教えて」
リタはその問いの真意をはかりかねたのだろう、少しの間返事をしなかった。そうして、ぺたりとあたたかい手のひらが、ちょうど背中の中心あたりに当てられる。
「……一つだけしかないわ、羽根みたいなやつだけ」
リタはその輪郭をなぞるようにそっと指を這わせた。斜めに背骨を超える大きな軌道。きっともう治らない傷だと知っていた。
――羽根を持つものは、広げなければならないのだよ。
鋭い痛みは甘やかな疼きに変わり、そのまま体を丸めて呻いた。ごめん、ごめんね、そう呟くと、リタはむきだしの背中に頭を乗せて、あの人にも同じようにされたことを思い出した。傷跡に唇をつけた。細い髪がおちて、くすぐったかった。