はじまりのショウメイ


はじまりについて考えることがある。

どこからきてどこへ行くのか。ぼくらはどうしてここにいるのか。

それを口にすると、そばでいつも笑う顔があった。自分の顔とまちがえるくらいによく似た、でもはっきりと自分とは違うとわかる顔。

――むずかしいことばっかり考えるんだから。

その微笑みで、ぼくはいったん考えるのをやめる。そうして、ふたりで空を見る。

 

ぼくたちには、お父さんが二人いる。二人とも、ぼくたちのようによく似た顔をしている。背の高さも同じくらいだ。いつも明るくぼくたちを励ましてくれるお父さんと、いつも静かにぼくたちを見守ってくれるお父さん、どちらもぼくたちは大好きだった。お母さんは一人だ。くるりと瞳が大きくて、少し厳しいところもある。そんな五人家族だった。

「ねえ、お母さん」

「うん、なに?」

ソファで眠ってしまった、たった一人のきょうだいを見やる。今日はずいぶんお父さんとはしゃいで遊んでいたので疲れてしまったみたいだ。

「ぼくらには、どうしてお父さんが二人いるの?」

そう、思い切って聞いてみると、お母さんは目を丸くした。

「ほかの家には、お父さんは一人しかいないみたいだから」

友だちの話にも、街で見かける家族連れにも、二人のお父さんは登場しない。

「ほかの家と比べて、気になった?」

お母さんは少しも困ったような顔をしなかった。お母さんはぼくらが何かたずねるときいつも、そうね、と真剣に考え込んで、説明してくれる。ぼくらがわかった、と言うまで、話をつづけてくれる。たいてい質問を投げかけるのはぼくのほうが多かったのだが。

「そうね」

いつものようにそう言って、お母さんは顎に手を当てた。

「なんでそうなのか、知りたいのね」

やさしい声で言い当てられる。その通りだった。小さいころから、ぼくらがふたりいるのは少し珍しいことだと聞いていたから、お父さんがふたりいるのも少し珍しいことなのだと、そう思っていた。今まではずっとそれだけだった。けれど、ぼくは知りたくなってしまった。お母さんがよく言っていることだったからだ。不思議なことを突きつめていくと、何か理由があるものよ、と。

「ぜんぶを一息に説明するのはむずかしいわ」

そう前置きした。

「でも、一つ言えるのは、ふたりのことが、お母さんはどうしても好きだったってこと」

「好き?」

「そう、好きにもいろいろあるわね、でも、お母さんの場合は、ずっと一緒にいたい、離れたくない、家族になりたい……強く、心から、そう思ったの」

お母さんはしばらく静かに目を閉じたあと、ゆっくりとぼくの頭に手を乗せる。

「それが叶ったから、いまあんたたちがいるのよ」

やわらかなぬくもりが頭を撫でる。

「そう、なんだ」

隣でくう、と寝息とも寝言ともつかない声がもれて、二人で少し笑った。

「ぼくも、みんなと、ずっと一緒にいたいな」

そうして、片割れの穏やかな寝顔を見やる。お母さんの手が、ぽん、と両肩に置かれる。

「そうね、そうできたらいいって思うわ、でもね、あたしたちはずっと一緒にいられるわけじゃない、いつか離れるときがくるかもしれない」

「……そうなの? お母さんも、お父さんも……」

言いかけた名前をのみこんだ。お母さんの丸い瞳が、きゅっと細められる。

「それはかなしいことじゃないの、一緒にいたいって思えばそれが叶う、そのかわりに、いつか離れるときがくる……もっと大切なひとに出会ったときに」

「ぼくが大切なのは、みんなだよ」

「ありがとう、嬉しいわ。でも、はじまりがあるものには、終わりがあるって、これはカガクテキにもショウメイされたことなの」

お母さんの言うことは、よくわからなかった。けれど、それが「ショウメイ」されているということは、ぼくにもいつかわかるときが来るのだろうか。

「おろ、まだ起きてたの」

「ふたりで何を話してたんだ」

廊下からお父さんたちが顔をのぞかせる。お母さんが目を合わせてきて、いたずらっ子のようににっと笑った。

「秘密の話よ」

「なになにー? ちょっとそんな風に言われたら気になるわー」

「あんまり大きな声を出したら……」

むにゃ、と隣で声がしたかと思うと、ぱち、と開いた目でぼくたちをきょろきょろ見てまばたきする。

「あれ? ごはんの時間?」

みんなで一斉に笑った。ぼくがもう寝る時間だよ、と言うと、そっか、と不思議そうに頷いた。

「じゃあ、みんなでベッドに行きましょ」

お母さんの一声で、それぞれお父さんの腕に抱き上げられる。あたたかくがっしりとした腕に包まれて、ぼくもたちまち眠くなってきた。ぽんぽんと背中を撫でられて、ふっと目を閉じる。まぶたの裏で、ぼくと同じ顔が笑って、手を伸ばしている。ぼくはその手をつかんで、離さないようにぎゅっと握った。