彼女の片手はいつも本で埋まっている。それか文字の連なる紙束か。どちらにしても、両手を空けることをものすごく嫌がるのだ。
「リタっち、ごはんできたよ?」
「いま手離せないの、あとにして」
こちらに一瞥もくれずにそう答える。
「まあ……そう言うと思ったから、ほい」
脇から皿を差し出す。薄切りのパンを半分に切って、ゆで卵をつぶしたもの、キュウリとトマトをはさんで味付けした、いわゆるサンドイッチだ。
「今日一日何も食べてないんでしょ? 読みながらでいいから、これ」
「……ん」
ちらりと皿の上に目を向けてくれた。伸ばした左手が的確にパンをつかんだのを確認して、皿をそっと邪魔にならないところに置く。そのままもしゃりとかぶりついて、黙々と食べ始めた。うんうん、食べてる食べてる。
「ここにお手拭き置いとくからね、あとで回収しにくるわ」
このまま食べている様子を見ていたい気持ちはあるのだが、下手に長居すると、気が散るんだけど、と睨まれかねない。その前に早めに退散することにする。
キッチンには、つぶしたゆで卵がボウルに、細かく切った野菜の数々が皿に残っている。最近、パンばかり食べているので、家にある食材も必然的にパンに合うものばかりになる。キュウリ、トマト、レタス、チーズ、それに果物ジャムもいつの間にかたくさん常備されている。べつにリタに合わせる必要はないのだが、残り物の始末があるうえに、作っているとそのまま食べたくなるものだ。
「うんうん、うまいうまい」
我ながら料理の腕はちょっとしたものだと思う。特にリタのためにいろいろ作るようになってからは、栄養価を考えたメニューにも詳しくなった。
ドアがガチャ、と開き、リタがのそりと出てくる。片手に皿を持って。皿の上には食べかけのサンドイッチが乗っている。
「おろ……どうしたの、食欲ない? それともマズかった?」
「違うわよ、もう読み終わったから、残り食べようと思って」
そうしてテーブルに座って、両手でもそもそとサンドイッチを食べ出す。思わず頬を緩ませてしまう。
「じゃあ、おっさんは焼いたパンでお代わりしよっかな」
「……それ、欲しい」
「んじゃ、ふたつ作りますか」
注文に応えて、パンを二枚とりだす。さて、何を乗せようか。選択肢はいくらでもある。迷いすぎて、決められないことに笑みがこぼれてしまうくらいに。
PÅLEGG(ポーレッグ)〈ノルウェー語〉
パンにのせて食べるもの、何でも全部。