HAPPY END -5


 

  5 光

 

 

 だれか、だれかここにきて。

 目尻から流れ落ちる涙の熱さで、わたしは目覚めたのだとわかった。ぼんやりとした頭で、指の間から天井を見つめ、シーツにもう片方の指を這わせ、ここが寝室のベッドだと気付いた。親しみ慣れた匂いをそっと吸い込む。

 窓の外は夕暮れの色をしていた。最後に意識を手放したときは、確か明け方近くだったように思う。そんなに長く眠ってしまっていたのか、とぼんやりと記憶をたどる。

「……エステル?」

 ベッドの上に座ってぼうっとしていると、ジュディスがドアから顔を覗かせていた。わたしと目が合うと、ほっとしたように部屋の中に入ってくる。

「よかった……目が覚めたみたいね、どこか痛いところはない?」

 両手をきゅっと握りこみ、気遣うようにさすってくれる。

「大丈夫です、ちょっとぼうっとするくらいで」

「エステル! 目が覚めたの?」

「おい、カロル、騒ぐなって……」

 ドタドタと足音がしたかと思うと、懐かしい顔が飛び込んできた。

「ユーリ……カロル……」

 カロルはわたしの顔を見るなり、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。

「よかったあ……ボク、エステルたちが傷だらけでハルルに運び込まれてきたとき、ほんとにどうなるかと思って……」

「……ま、無事に目覚めたんなら一安心だ、こんな形で何だけど、久しぶりだな、エステル」

「ご心配おかけしました……お久しぶりです、ふたりとも」

 ユーリはあまり変わらないが、カロルは少し背が伸びたのが見て分かった。頬を綻ばせかけて、はっと部屋の中を見回した。わたしの隣のベッドは綺麗に整えられていて、誰かが寝ていたような形跡はなかった。

「……リタは、レイヴンは、どこですか?」

 三人が一様に虚を突かれたように、一瞬のあいだ黙りこむ。わたしの手を包んでいたジュディスの手が、力を緩める。

「……あっちの部屋だ、オレたちは邪魔になるかと思って、休憩がてら居間で待たせてもらってた」

「ボクたち、ハルルが危機にあるって情報を聞きつけて、三人でここまで来たんだ」

「そうしたら、ハルルを取り囲んでいた謎の集団を見つけて、制圧したのよ。それから騎士団も来て、事態の収拾にあたっていたら、あなたたちが運び込まれてきて」

 レイヴンの打った手とはこのことだったのだ。何らかの筋で凜々の明星に情報を届けたのだろう。

「……レイヴンは、まだ目覚めてないんですね」

 わたしがそう言うと、カロルとジュディスはうつむいて、ユーリだけが首を縦に振った。

「……行ってやれよ」

「え?」

「リタが必死に治そうとしてる。オレたちが全員どやどや居たらうるさいだろうが、エステルなら大丈夫だろ」

 ユーリは腕組みをしながら、扉の外に目を向ける。

「……エステルが、ここまで連れてきたんだろ、あのおっさん……命の恩人が行ってやったら、感激して目が覚めるかもしれねえぞ」

「……そうだね、レイヴンなら、きっとそうするよ……!」

「私たちがとやかく言わなくても、もうあなた今にも行ってしまいそうだもの」

 ジュディスの言うとおり、わたしはもう言葉の途中から立ち上がっていた。

「ありがとうございます……わたし、わたし……」

 皆が微笑みかけてくれる。またこうして、ただ笑い合いたいと思った。

「もう少ししたら、また私たち外の手伝いに行くわ、二人のこと……よろしくね」

 ジュディスが懇願するように両手を胸の前で組む。カロルが握り拳をかざしてみせる。ユーリはわたしの目を見てゆっくりと頷いた。何も言えずに、ただこくりと頷き返した。

 扉を押し開けて、居間へと出る。テーブルの真ん中に置かれた花は、以前と変わりなくゆるく頭を垂れていた。茶器が三つ使われた跡があった。それを横目に、客室へと歩を進める。握ったドアノブが、やけに冷たく感じた。おそるおそる、でもしっかりと握って、わたしは部屋の中に入った。

 

 カーテンの閉められた部屋は少し薄暗く、わずかな灯りがつけられていた。ベッドには静かに目を閉じたレイヴンが横たわっており、すぐ側の椅子にリタがこちらに背を向ける形で座っていた。わたしがドアを開けると、リタはくるりと首を動かした。

「……あ、エ、エステル……⁉ 目が覚めて……」

「ごめんなさい、ノックもせずに、驚かせてしまいました」

「そんなこと、いいの、いいのよ……エステル、エステル、エステル……っ!」

 リタはわたしの胸に飛び込んで、堰を切ったように泣き出した。わたしが眠っていたあいだ、ずっとレイヴンの側についていたのだろうか。涙を流す暇もなく。

「リタこそ……ハルルが襲われたって聞いて、無事でよかったです……」

「こっちは、大事になる前にジュディスたちが来てくれたから……フレンからだいたいのことは聞いたわ、あいつら、魔導器を復活させるために動いてた奴らだって」

 聞いたところ、ハルルを襲ったのは、研究所を押さえるためだったという。研究員の中にも手の者が潜んでおり、危うく手引きされるところだったのを、凜々の明星が駆けつけ取り押さえたのだ。

 フレンはハルルの外で警備に当たっているようだった。わたしがクオイの森方面から歩いてきたのにも気づき、そちらにも部隊を向かわせたという。

「レイヴンは、半年前から気付いていたみたいです、自分が狙われてるってこと」

「おっさん……ほんとに、ばか、ばかよ……」

 リタはレイヴンのほうを向き、悔しそうに唇を噛む。

「……レイヴンに、帝国が取るべき痛みの責任を、背負わせてしまった……こんなことになったのは、わたしにも責があります」

「バカなこと言うんじゃないわよ、たとえそいつらがどんだけ人生めちゃくちゃにされたとしても、ただの八つ当たりにしか思えないわ、あたしには」

「けれど……必ず償わないといけない、この痛みは」

「……仮に、おっさんを狙ってた奴らに事情があったとしても、それに気付いたときに一人でなんとかしようとしたおっさんが悪いわ、あたしたちに打ち明けてくれてたら、何か策が見つかったかもしれないじゃない」

 眠るレイヴンに近づき、被せられた白い布団にそっと触れる。リタの指がふわりとやわらかく沈んだ。

「……あたしは、信頼されてなかったんだって、それが悔しいのよ」

 リタは布団に手を置いたまま俯いた。涙の名残が頬をつうと伝う。

「リタ、レイヴンの具合は……どうなんです?」

「……まだ動いてはいるわ、この子は……けど、いつ止まってもおかしくない……何度術式を調整しても、変換元のエネルギーがないとどうにもならない」

 レイヴンの心臓魔導器は、レイヴン自身の生命力で動いている。生命力というエネルギーが尽きたなら、魔導器は動くことができない。

「今は……そうね、回す力のなくなった滑車が、慣性で動いているようなものかもしれない」

 淡々と、何も感情を乗せないように十分に気をつけた声だった。

「それじゃ、レイヴンは……」

 もう助からないんですか、とは口にできなかった。ここまで来たのに、やっと会えたのに、言葉を交わせないなんて、再会を喜べないなんて。

「でも、やれることは、やるわ……最後まで」

 リタが制御盤を開いて、行き交う複雑な記号に手をすべらせる。――最後まで。その言葉が耳に残り、頭をわんわんと揺らして響く。目の前にある事実を理解することが、わたしにはできなかった。レイヴンが姿を消したこと、リタがふさぎ込んでいたこと、そして今また、レイヴンの命が尽きようとしていることも、わたしはちゃんと見つめることができなかった。ぺたりと床に座り込み、見上げたリタの背中がゆらゆらと揺れた。涙を指先で必死に押しとどめる。一人でなんでも気付いてしまう、その背中を支えなければいけないのに、わたしは何をしているのだろう。もう一度ふたりに笑ってほしくて、わたしはここまで来たのに。

 ベッドの側によろよろと近づき、布団からはみ出た手を取る。皮膚の表面はつめたかったが、ぎゅっと握ると、かすかな温もりが感じられた。慣性だけではない、何かもっと内に息づくものが、まだレイヴンを生かしている。

――俺は、死にたくないと思ってしまった。

 森でのレイヴンの言葉が耳に蘇る。苦しく締めつけられるような声だった。その声を思い出したとき、突如、頭の天辺から打たれたような衝撃が走った。

「リタ、わたしの話を、聞いてもらえませんか……⁉」

 目を丸くするリタに、わたしは森でレイヴンから聞いたことを思い出しながら話した。

「……瀕死時のエネルギー放出……あたしの仮説は合ってたってことね……」

「わたし、思ったんですけど……心臓魔導器には、ある程度の意志があるんじゃないでしょうか? 人間と思いを交わし合う……精霊のような」

 リタが目を見開く。レイヴンが死に瀕したときに溢れたという膨大なエネルギー、それはレイヴンの〝死にたくない”という思いに応えたものだったのではないか。何の理論も裏付けもないただの直感だ。けれど、強烈なイメージとともにわたしの中に閃いた。

「それに……わたし、思い出したんです、ハルルの樹のことを……」

 ハルルの樹は、結界魔導器と大樹が結びついて一体になったものだ。そして、あの樹にも精霊が宿っている。

「レイヴンは……もしかしたら、ハルルの樹と似ているんじゃないでしょうか?」

 がたんとリタが椅子から下りて、足下に置いてあった資料をかき分け、一冊をパラパラとめくり出す。

「……魔導器と有機体の融合については、あたしも前に理論化できないか考えてたの。でも、なかなか上手くいかなくて、そのままにしてた……」

 文字が所狭しと書き連ねられたノートを、次から次へとめくっては閉じていく。表紙を見て、心臓魔導器についての記録だと分かった。リタが綴った、レイヴンの命の跡だ。

「そのとき立てた仮説が、もしかしたら使えるかもしれない……何が起こるか分からないし、ちゃんと上手くできる見込みもないけど……」

「それでも……何もしないよりずっといいと思います。それにリタが決めたことなら、絶対に失敗しないって自信あります。今までも、そうだったでしょう?」

 肩に手を置いて、力強く微笑む。とにかく何かしなければ、悲しみや絶望に追いつかれてしまいそうだった。必死に走らないと負けてしまう。目の前に見えたどんな可能性にでもしがみついて離したくない。

「……あたしたちのマナを使って、心臓魔導器に呼びかける。あたしが流れを操作するから、エステルはマナを注ぎ込むのに集中して」

「えっと、どうすればいいんでしょう……?」

「前に、ゾフェル氷刃海とかでエアルの流れを導いたときがあったでしょ、そのときのことを思い出してくれればいいわ」

「……わかりました、うまくできるかわかりませんが、やってみます」

 リタがレイヴンの服に手をかけ、心臓魔導器をさらけだす。赤く明滅を繰り返すさまは、見ているだけで息が苦しくなった。

「始めるわ」

 リタの合図とともに、わたしは目を閉じる。聖核にエアルの流れを導き、精霊に初めて出会ったのは、もう二年以上も前のことだった。みんなで旅をしていた頃。リタもレイヴンもそこにいた。旅が終わっても、二人は一緒にいてくれた。たくさんの時間を過ごした。わたしはほんとうに幸せだった。だから、わたしはわたしのために、この幸せを諦めない。わたしの胸の奥から体中へ、何かが熱をもって満ちていく。

 目を閉じたままでも、心臓魔導器が光を放っているのが分かった。レイヴンの生を見守りつづけ、支えてきた存在。わたしたちのことも見ていたのだろうか? ずっとレイヴンとともにいたあなたのことを、わたしたちの知らないレイヴンを知っているあなたのことを、どうか教えて――。

「わっ……!」

 リタが驚いたような声を上げて、わたしは目を開けた。魔導器から煌々と青い光が漏れ出していた。その光が束になって集まり、魔核の中心へと注がれる。そして光の注がれた中心から、ぽうと一際強い光が浮かび上がった。丸くて小さく、けれど眩しく強い。

 

「――同じだ」

 体の芯をそっと打つような声が聞こえた。どこかで聞いたような懐かしさがあった。その響きを辿るように、耳を澄まし、目を凝らす。リタも同じように身を乗り出していた。

「呼んだのは、あんたらかい」

「そうよ……って、あんた、意外な喋り方するのね」

「まあ、それはそうかもな」

 リタは一瞬気が抜けたように息をついて、もう一度光に話しかけた。

「あんた……精霊、なの? 心臓魔導器の……」

「正確にはそうでもあるし、そうでもないかもしれない、俺は俺であって、こいつでもある」

 二人でレイヴンの顔を見つめる。変わった様子もなく、静かに目を閉じている。

「何? じゃあ、完全に同じ存在じゃないけど、依り代にして住んでる、ってこと?」

「ひとまずそういうことでいいんじゃないか」

 光はこともなげに、軽い調子で答える。

「あの……このままだと、あなたも生きられなくなってしまうんですよね、わたしたちはそれをなんとかしたくて、あなたに呼びかけたんです」

「そうは言われても、俺も打つ手がなくて困ってたんだ。こいつの生命力だけでは、もうどこを探してもどうにもならない、無茶はそう何度もできるもんじゃない」

「やっぱり、エネルギーの放出はあんたの意志だったのね」

 レイヴンであって、レイヴンではない、心臓魔導器の中に宿る存在は、不思議な雰囲気をともなってそこにいた。まるでレイヴンと話しているような、けれどやはり違うような、判別のつかない感覚に陥る。

「というか、俺がこいつの意志に引っ張られたんだ、限界を超えて力を引き出すように。あれほど強いエネルギーに突き動かされたのは久しぶりだった。分かったよ、あんたらがいたからなんだな」

「それ、どういう、こと……?」

「声がしたんだ、死にたくない、死にたくない……そう叫ぶ声のなかに、違った響きが混じっていた……それは、そう、あんたらの波長と、よく似ていた」

 リタとわたしは顔を見合わせた。わたしたちの声が聞こえた? 信じられないというように、リタは口を手で覆い、目をぎゅっとつむる。

「この子には、あんたの中には、あたしたちもいるっていうの……?」

「生命力っていうのは、そういうことさ」

 わたしたちのもとへ再び生きて帰ることはない、そのつもりでレイヴンは姿を消したのだろう。けれど死の淵に立ったそのとき、たとえ一瞬でも、わたしたちのことを思い出してくれたのだろうか。わたしたちはどんな形で、レイヴンの中にいたのだろう。

「わたしたちは……ずっとそばにいたんですね……」

 曇り空を窓から見上げるとき、食器を一つ多く出してしまったとき、埋めようのない空白が胸の中にあることに気付いた。書き連ねた資料に触れるとき、カレンダーがまた一枚めくられるとき、リタも同じだっただろう。その空白は、生きる力を失った証だった。そこにいた大切なひとが、今はそこにいないということ。

「そんなものが、エネルギーになり得るっていうの……ばかよ、ばかみたい……」

 心臓魔導器を持たないだけで、わたしたちの中には同じものが流れている。いきものが持つかけがえのない力だ。その力が、わたしたちを結びつけてくれるとしたら。

「……もし、レイヴンの生命力が足りないというのなら……わたしたちの生命力では、代わりにならないでしょうか?」

 リタが弾かれたように顔を上げる。光はわずかに左右に揺らめきながら、少しの時間を待った。

「……あんたらの生命力を糧に、契約を結ぶってことか」

「できるの……? 完全な精霊じゃないあんたでも……」

「その通り、完全な精霊じゃないから、完全な契約とはいかないが……試してみれば、走るために地面を蹴り上げるくらいの力にはなるかもしれない」

「滑車を回す、あたしたちが最初の一押しになるのね」

「やりましょう、リタ……!」

 頷きあって、光のほうに向き直る。

「……いいんだな?」

 自分の命を使っても、と光は言った。迷わずに、その言葉に微笑みかえした。リタもやわらかい眼差しで、光を見つめていた。愚問だったか、と表情は見えないのに、苦く笑ったような気がした。

「じゃあ、契約の儀式といくか」

 リタが両手を前にかかげるのを見て、わたしも同じようにする。

「我ら、今、心の精に願い奉る」

 契約の文言を、リタがゆっくりと唱える。

「契約者の名の下に、我らの力を汝の糧とし、汝の力を我らの意に添わせんことを」

 思わず強く目をつむった。自分の中から何かが流れ出していくのをはっきりと感じた。ぶつかりあって、はじけ、力の奔流がだんだんとひとつに形作られていく。生きようと、生きてほしいと一心に願った。この力が、かけがえのないたったひとつの光となって、世界じゅうを駆け巡っているのだ。

「……お願い……」

 隣から、絞り出すような声が聞こえた。それに呼応するように光がいっそう瞬いた。

――あんたらの行く先に、幸多からんことを。

 ゆっくりと告げたあと、流れはひとつに吸い込まれ、部屋はしんと静かな薄明かりに満たされた。わたしたちは揃って辺りを見回し、元の通りになっていることに気付く。

「エステル……!」

 見ると、心臓魔導器が、やわらかな赤い光を灯していた。深呼吸するような速さで、光が強まり、弱まり、また強まる動きを繰り返している。

「うまくいったんですね……契約……」

 制御盤を開き、リタが内部の状態を確認する。先ほどよりも、レイヴンの顔色は心なしか良くなっているように見えた。

「ちゃんと正常に動きはじめてる……エネルギーの供給もできてる……こんな、こんなことって……」

「……感じます、わたしたちの間に、渡された橋のようなものを……なんだか、くすぐったくて、不思議な感じです」

「あたしも……自分の中でいろいろひっくり返ったような感じで、まだ落ち着かないけど……ここに何かあるのは、わかる」

 リタの手が、自分の胸からレイヴンの心臓までの空間をなぞる。目には見えないが、ほんとうにそこに橋が渡されているように思えた。

「こんなことしたって言ったら、またうるさいわね、このおっさんは」

「ふふ……しばらくは秘密、ですね」

 二人で、じっとレイヴンの顔を見つめる。リタの手が、やさしく魔核を撫でる。

「あたしたちが……ずっと見守ってやるんだから……あんたのこと……」

 そのとき、かすかに上下する肩が、ピクリと動きをみせ、閉じたまぶたが震えだす。

「……ん……」

 瞳がゆっくりと開かれた。ぼんやりと宙をさまよう視線が、わたしたちをとらえる。

「……リタっち……嬢ちゃん……」

「……こんの……バカあっ……‼」

 あまりにも勢いよく立ち上がったので、一瞬本当に殴りかかってしまうのかと思った。リタはその勢いのまま、レイヴンの胸にがばりと飛び込んだ。

「バカ……バカ……バカっ……大バカよ……バカあ……う、ああ……」

 そのまますがりついて、大声で泣きはじめた。レイヴンは戸惑ったように、おずおずとその頭を撫でる。

「……迷惑、かけちまったね……結局」

「ちがいますよ、レイヴン、こういうときはなんて言うか、知ってますか?」

 指を立てて話しかけるわたしに、レイヴンが困ったように眉を下げる。

「帰ってきてくれて、ありがとうございます……レイヴン」

 枕元に屈み込んでそう言うと、眩しそうに目を細めて、泣き出しそうに笑ってみせた。

「……ありがとう……ふたりとも……」

 こくりと頷いて笑い返す。そうしていっそう大きく泣きじゃくるリタの背中を、ぽんぽんとやさしく叩く。わたしもリタの温かい背中に触れると、涙がぽろりとこぼれて、あとは止まらなかった。夕闇は夜の帳へと色を変えていた。夜に浮かぶ大樹が、わたしたちの再会を、そっと寿いでくれているような気がした。